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アナステシアの影宰相〜冤罪で死んだ元議員秘書、【黒革の手帖】で異世界を裏から異世界を支配する〜  作者: 月神世一


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EP 18

現代物流ロジスティクスの勝利

「なんだ、この鉄の玉は?」

ポポロ村の鍛冶場。

ドワーフのガンツが、俺の渡した図面と、見本としてルチアナ通販で取り寄せた「パチンコ玉」のような鋼球を睨んでいる。

「これは『ベアリング』の部品ですよ、ガンツさん」

俺はスーツの内ポケットから、もう一枚の図面を取り出した。

「車輪の軸に、この玉を噛ませるんです。そうすると、接触面積が減り、回転の摩擦が劇的に下がる。……つまり、重い荷物でも指一本で動かせるようになる」

「摩擦を……減らす? 馬鹿言え、鉄と鉄が擦れりゃ熱を持って焼き付くぞ」

「だから、間に『グリス(潤滑油)』を封入するんです」

俺はガンツの目の前で、取り寄せた『ハンドスピナー』を回してみた。

シューン……という無機質な音と共に、それはいつまでも回り続ける。

「なっ……!? 止まらねぇ……!?」

ガンツの目が飛び出た。

彼は震える手でハンドスピナーを奪い取り、回し、止め、また回す。

「魔法か!? いや、違う……純粋な物理法則だ! この精度、この構造……! 面白ぇ!!」

職人の魂に火がついたようだ。

ガンツはハンマーを握りしめた。

「若林! 図面をよこせ! 俺ならもっと頑丈な、戦車チャリオット用の特大サイズを作ってやる!!」

「頼もしいですね。……では、この『リヤカー』の量産をお願いします」

***

数日後。

村の広場には、異様な光景が広がっていた。

「うおおおおおっ!! 軽いッ!! 羽根みたいだ!!」

巨漢の獣人兵士が叫びながら、猛スピードで走り回っている。

彼が引いているのは、ガンツ特製の**『高機動リヤカー』**だ。

荷台には岩石が満載されているにもかかわらず、彼は片手でそれを引いていた。

「すげぇ……。今までの荷車なら、牛二頭がかりで運んでた量だぞ!?」

「車輪が……滑るように回る! 音もしねぇ!」

タイガ将軍が、その様子を呆然と眺めていた。

彼の常識――「輜重しちょうは遅く、重く、軍の足を引っ張るもの」という概念が崩れ去った瞬間だ。

「どうです、将軍。このリヤカーなら、兵士一人で5人分の食料と武器を運搬できます。しかも、悪路でもサスペンション(板バネ)が衝撃を吸収するから、荷崩れもしない」

「……信じられん。これなら、騎兵と同じ速度で行軍できるぞ」

タイガが唸る。

機動力の向上。それは戦術の幅が無限に広がることを意味する。

「ですが、驚くのはまだ早いですよ」

俺はリヤカーの荷台から、一つの木箱を下ろした。

中には、銀色に輝く金属の筒が整然と並んでいる。

「これは?」

「『缶詰』です」

俺は缶切りを取り出し、キコキコと蓋を開けた。

パカッ。

中から現れたのは、たっぷりのソースに浸かった肉の塊だ。

「中身は、先日の『マッド・ボア』の肉をトマト煮込みにしたものです」

タイガが怪訝な顔をする。

「煮込み料理? ……鍋ごと運んできたのか?」

「いいえ。この缶の中に密封し、高温で殺菌処理をしたのです。……食べてみてください」

タイガはスプーンで肉を掬い、口に入れた。

「……!」

彼の目が大きく見開かれる。

「柔らかい……! それに、作りたてのように温かくはないが、味が染みている! 干し肉のようなパサパサ感がない!」

「でしょうね。空気を抜いて密封していますから、酸化もしない。味も香りも、調理した瞬間のまま閉じ込められています」

俺は缶を叩いた。

カン、と硬質な音がする。

「この缶詰の賞味期限は……3年です」

「さ、3年だとッ!?」

タイガが絶叫した。

周囲の兵士たちも凍りつく。

3年。

この世界において、食料の保存といえば「塩漬け」か「乾燥」が限界だ。それですら数ヶ月で味が落ち、カビが生える。

それが、3年も「作りたての味」を維持できる?

「嘘だ! そんな魔法のような……」

「魔法じゃありません。科学です」

俺は冷ややかに言った。

「将軍。これがあれば、貴軍はどうなりますか?」

タイガはハッとして、押し黙った。

その脳内で、戦術マップが書き換わっていくのが分かる。

「……煮炊きのための薪がいらない。煙が出ないから、敵に居場所を悟られない。水場を探す必要もない。……何より、腐る心配がないから、どんな遠征でも食料が尽きない」

タイガの声が震えている。

彼は理解したのだ。

剣の強さでも、魔法の威力でもない。

「いつでも、どこでも、万全の状態で戦える」という、兵站ロジスティクスの究極形を。

「……若林。お前は、我らをどこへ連れて行く気だ?」

タイガが恐れを含んだ目で俺を見た。

単なるクーデターの支援ではない。

この男は、獣人王国の軍隊を、大陸最強の「遠征軍」に作り変えてしまった。

「王都へ、ですよ」

俺はニヤリと笑い、新しい缶詰(桃のシロップ漬け)を開けて彼に渡した。

「兵士は飢えず、荷物は軽く、足は速い。……今の疾風師団なら、王都までの道程など散歩道でしょう?」

タイガは缶詰を受け取り、一口食べた。

甘いシロップが、脳髄に染み渡る。

「……ククッ、ハハハハハ!!」

将軍は高らかに笑った。

「ああ、散歩道だ! 難所と言われた『死の砂漠』ルートですら、この装備なら駆け抜けられる! 王都の守備隊など、我々の到着に気づく間もなく制圧してやるわ!!」

タイガはリヤカー部隊に向かって吼えた。

「全軍、聞けぇぇッ!! 我が軍は最強の牙と、最強の足、そして最強の胃袋を手に入れた!! もはや敵なしだ!!」

「「「ウオオオオオオオオオッ!!!」」」

地響きのような歓声。

獣人兵士たちの背中には、もう悲壮感はない。

リヤカーには希望(食料と武器)が満載され、その表情は自信に満ち溢れている。

俺は手帖を開き、チェックリストに印をつけた。

『兵站改革:完了』

これで、軍隊としての準備は整った。

あとは、最後に一つだけ。

この最強の軍団を動かすための「大義名分フラグ」を立てるだけだ。

「……キャルルさん」

俺は背後で控えていたキャルルを振り返った。

彼女は、ピカピカに磨かれた『紫電』の脚甲を装着し、静かに佇んでいた。

「準備はいいですか? 次は、あなたの出番です」

「……うん。分かってる」

キャルルが頷く。

その瞳には、決意の光が宿っていた。

物流の次は、精神(心)の準備だ。

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