EP 17
帝国の傀儡を使え
「若林! 大変だ!!」
早朝、村長宅のドアが蝶番ごと吹き飛ばされた。
転がり込んできたのは、顔面蒼白のタイガ将軍だ。
「ど、どうしました? まさか、もう王都から討伐軍が?」
俺はコーヒーカップを置き、冷静に尋ねた。
タイガは荒い息を整え、一枚の羊皮紙を突きつけた。
「違う! 『監察官』だ! 昨日お前が騙したガウル少尉の報告を受けて、王都から本物の監察官が派遣されることになった!」
「監察官? それは、あなたの『帝国侵攻計画』を確認しに来るということでは?」
「そうだ! だが来るのは、あの堅物で有名な『ゾルフ監査官』だ! 奴は書類と証拠しか信じない! 口先だけで『帝国軍が迫っている』と言っても通用せんぞ!」
タイガが頭を抱えた。
なるほど。昨夜の芝居が上手くいきすぎて、逆に「本当か確認してやろう」という真面目な役人を呼び寄せてしまったわけか。
「ゾルフが到着するのは明日の昼だ。……もし国境に帝国軍の影も形もなければ、俺の嘘はバレる。謀反の疑いありとして、即座に拘束されるだろう!」
「……つまり、明日までに『本物の帝国軍』を用意すればいいわけですね?」
「無茶を言うな! 相手はあの大国ルミナス帝国だぞ!? 役者を呼ぶようにはいかん!」
「いいえ。役者ですよ」
俺はニヤリと笑い、懐から魔導通信石を取り出した。
黒く輝く石に魔力を込める。
『……はい、もしもし?』
気だるげな、しかしどこか機嫌の良さそうな声が響いた。
帝国徴税官、バロスだ。
「おはようございます、バロス様。ポポロ村の若林です」
『げっ、若林……先生? い、今は勤務中だぞ? 何の用だ?』
声が裏返った。どうやら、まだ俺への恐怖心(とウイスキーへの執着)は消えていないらしい。
「緊急のビジネスです。……明日の正午、ポポロ村の国境沿いに、貴殿の配下の部隊を展開してください」
『はぁ!? 軍事演習か!? 急に何を……上層部の許可が要るし、面倒くさい!』
「面倒くさい、ですか。……ダルメシア伯爵に、先日お届けした『写真』を見せる方が面倒なことになると思いますが?」
『ひいぃっ!! わ、分かった! やる! やればいいんだろ!!』
「感謝します。……ああ、それと。ただ突っ立っているだけでは芸がない。こちらで用意した『台本』通りに動いていただきますよ」
俺は通信を切り、呆然とするタイガを見た。
「……手配完了です。明日の正午、国境に帝国軍が現れます」
「き、貴様……帝国の徴税官まで手懐けているのか!?」
「彼もまた、私の『共犯者』ですから」
***
翌日の正午。
ポポロ村の東、帝国との国境を流れる川のほとりに、緊張が走っていた。
「……ここが最前線か、タイガ将軍」
冷ややかな声の主は、銀縁眼鏡をかけた狼耳の男。ゾルフ監査官だ。
彼は疑わしげな目で川の対岸を睨んでいる。
「報告では、帝国軍が侵攻準備を進めていると聞いたが……静かなものだな? 鳥のさえずりしか聞こえんぞ」
「い、いや! 奴らは神出鬼没なのだ! 油断してはならん!」
タイガが冷や汗を流しながら答える。
「フン。……やはり、軍資金欲しさの狂言か? 悪いが、これ以上この村に滞在するなら、貴殿を『職務放棄』で告発せざるを得ん」
ゾルフが手帳を取り出し、何かを書き込もうとした。
その時だ。
ブォォォォォォォン!!
対岸の森から、重低音の法螺貝の音が響き渡った。
「なっ!?」
ゾルフが顔を上げる。
土煙と共に現れたのは、整然と並んだ帝国軍の歩兵部隊。
その数、約300。
先頭には、豪奢な白馬に跨ったバロス徴税官がいた。
「見ろ! 帝国軍だ!」
俺が叫ぶと、ゾルフが眼鏡の位置を直した。
バロスは俺との打ち合わせ通り、拡声魔法を使って川向こうへ声を張り上げた。
『我らは神聖ルミナス帝国 第4方面軍である!! 軟弱な獣人どもよ! 直ちにその地を明け渡せ!! さもなくば、この精鋭部隊が貴様らを蹂躙するぞ!!』
迫真の演技だ。
実際はただの地方徴税部隊だが、バロスは「役者」としての才能があったらしい。
「な、なんだあの好戦的な態度は……!?」
ゾルフが動揺する。
すかさず、タイガ将軍が一歩前へ出て、腹の底から吼えた。
「黙れ帝国に媚びる豚め!! この地は我ら獣人王国の聖域! 一歩でも川を渡ってみろ! 我が『疾風師団』が貴様らの骨まで噛み砕いてくれるわぁッ!!」
ビリビリと空気が震える咆哮。
それを受けたバロス(の馬)が、驚いて竿立ちになった。
『ひぃっ!? ……あ、いや! クックック、威勢がいいのは口だけだな! 今日のところは引いてやるが、次は本気で攻め込むぞ!! 憶えておけ!!』
バロスは捨て台詞を残し、軍を反転させた。
土煙の中へ消えていく帝国軍。
……実際は「怖いから早く帰りたい」だけなのだが、ゾルフの目には「不気味な撤退」に映ったようだ。
「……信じられん。帝国は本気だ」
ゾルフの手が震えていた。
彼はタイガに向き直り、深々と頭を下げた。
「疑って申し訳なかった、将軍! 貴殿がここにいなければ、今頃この国境は突破されていたかもしれん!」
「う、うむ。分かってくれればいいのだ」
タイガが胸を張る(内心ホッとしているのがバレバレだが)。
「直ちに王都へ戻り、報告します! 『国境に危機あり、タイガ将軍への支援を最優先すべし』と! ……これより、貴殿の行動を『特別防衛任務』として承認する!」
ゾルフは敬礼し、脱兎のごとく走り去っていった。
王都へ戻れば、彼の報告により、タイガの「不在」は完全に正当化される。
「……行ったか」
姿が見えなくなると、タイガはその場へへたり込んだ。
「寿命が縮んだわ……! バロスの野郎、演技が上手すぎるぞ」
「彼も必死ですからね。失敗したら、自分の不倫がバラされるわけですし」
俺は笑い、懐の通信石を取り出した。
『お、おい若林! 上手くいったか!?』
バロスの泣きそうな声が聞こえる。
「完璧ですよ、バロス様。実に素晴らしい『演習』でした」
『だろ!? 怖かったんだぞ! あの虎、本気で噛み付いてきそうな顔しやがって!』
「報酬は弾んでおきます。いつものウイスキーに加えて……地球の珍味『帆立の貝柱(乾燥)』をお付けしましょう」
『おおっ! なんだそれは!? 楽しみにしてるぞ!!』
通信を切る。
これで、帝国側の脅威も、獣王国側の疑念も晴れた。
「……若林。お前、本当に何者だ?」
タイガが呆れたように俺を見上げた。
「帝国の官僚を顎で使い、王国の監査官を騙し、俺たちを操る。……魔法使いよりタチが悪いぞ」
「ただの秘書ですよ。……調整役と言ってもいい」
俺はキャルルが持ってきてくれた冷たい水をタイガに渡した。
「さあ、将軍。邪魔者は消えました。……あとは、あなたの軍隊を『最強』に仕上げるだけです」
次の課題は、兵站の革命だ。
俺は【黒革の手帖】を開き、次なる地球の技術――『物流革命』のページを開いた。




