EP 15
最強の用心棒、誕生
翌日。
ポポロ村の広場は、昨日までの宴会場から一転、熱気渦巻く「練兵場」へと変貌していた。
ドォォォォン!!
大気が震えるような衝撃音が響く。
村人たち、そして獣人王国の兵士たちが固唾を飲んで見守る中心で、二つの影が激突していた。
「速いな! だが軽いッ!!」
虎将軍タイガが吼える。
その丸太のような腕が、振るわれるだけで風圧を生む。
「くっ……!」
対するは、村長キャルル。
彼女は愛用の魔導脚甲『紫電』を装着し、目にも止まらぬ速さでタイガの周囲を旋回していた。
銀色の残像。
プラチナの髪が彗星の尾のように流れる。
「はぁぁぁッ!!」
キャルルが踏み込む。
『月影流・鐘打ち』。
遠心力を極限まで乗せた回し蹴りが、タイガの首筋を狙って放たれる。岩をも砕く一撃だ。
だが。
バシィッ!!
乾いた音が響いた。
タイガは一歩も動かず、その蹴りを「左手の掌」だけで受け止めていた。
「なっ……!?」
「悪くない。……だが、殺気が綺麗すぎる」
タイガはニヤリと笑うと、掴んだキャルルの脚を軽く払った。
それだけで、キャルルの身体は独楽のように吹き飛ばされ、数メートル後ろに着地した。
「うぅ……びくともしない……」
キャルルが悔しそうに唇を噛む。
「当たり前だ。俺は『疾風師団』を率いて30年、戦場を渡り歩いてきた。……嬢ちゃん、お前の技は洗練されているが、それは『決闘』の技だ。『戦争』の技じゃない」
タイガは腕組みをして、仁王立ちになった。
「殺すか、殺されるか。泥にまみれ、卑怯な手を使ってでも生き残る……その執念が足りん。それでは王族の騎士ごっこだ」
厳しい言葉。だが、その瞳には慈愛にも似た光があった。
彼はキャルルの才能を認め、育てようとしているのだ。
「……教えてくれる?」
キャルルが顔を上げる。
「俺の指導は厳しいぞ? 泣いて逃げ出すかもしれん」
「逃げない! ……私、もっと強くならなきゃいけないから。村のみんなと、若林のおじさんを守るために!」
その言葉に、タイガは満足げに頷いた。
「いい目だ。……よかろう。クーデターまでの間、俺が直々に鍛えてやる。ついて来い!」
「はいッ! 師匠!」
わっと歓声が上がる。
最強の将軍と、最強の素質を持つ村長。
この二人が師弟関係を結んだ瞬間、ポポロ村の武力は飛躍的に跳ね上がった。
***
その様子を、俺は村長宅のテラスから眺めていた。
隣には、電卓を叩くニャングルがいる。
「……えげつない光景やな。あのタイガ将軍が、新入りのコーチやっとるで」
「最高の『用心棒』でしょう?」
俺はコーヒーを啜った。
「彼らはただ飯を食らっているわけじゃない。その強靭な肉体と戦闘技術を、村の自警団に還元してくれている」
広場の隅では、モウラ率いる自警団の若者たちが、獣人兵士たちから槍の指導を受けていた。
「腰が入ってねぇ!」「もっと低く構えろ!」と怒鳴られながらも、彼らの目は輝いている。
正規軍の、それも精鋭部隊からの直接指導など、金を積んでも受けられない。
「村の防衛力は、この数日で数十年分進化した。……これなら、帝国軍が攻めてきても撃退できる」
「せやけど若林ハン、食費が馬鹿にならんで? 昨日のバーベキューだけで、村の備蓄の半分が消えたわ」
ニャングルが領収書の束を見せてくる。
確かに、2000人の胃袋はブラックホールだ。
だが、俺は涼しい顔で答えた。
「必要経費です。……それに、ただ消費させるだけじゃありませんよ」
俺は指を鳴らした。
すると、村の外から数台の荷車が入ってきた。
引いているのは、筋骨隆々の獣人兵士たちだ。
荷台には、近隣の森で伐採した巨木や、鉱山から採掘した鉱石が山積みになっている。
「な、なんやあれ?」
「『食後の運動』ですよ。彼らには、訓練の合間に土木工事と資源採集を手伝ってもらっています」
俺はニヤリと笑った。
「彼らのパワーなら、重機並みの仕事ができる。開墾、整地、資材運搬……。人間の労働者100人分を、兵士1人がこなす。……カップ麺と米だけで動く、最高に燃費の良い『重機』だと思いませんか?」
ニャングルがポカンと口を開け、そして爆笑した。
「カッカッカ! アンタ、ほんまに鬼やな! 将軍をガードマンにして、兵隊を土方に使うとは!」
「人聞きが悪い。彼らも『身体が鈍らなくていい』と喜んでますよ」
事実、兵士たちは楽しそうだった。
飢えに苦しんでいた日々とは違う。働けば、腹一杯の飯が食える。
その単純なサイクルが、彼らの精神を安定させていた。
「……それに、もう一つ。彼らには重要な任務がある」
俺は視線を鋭くした。
「獣王国のクーデター。……これが成功すれば、ポポロ村は『次期国王の最大の後援者』になる」
「投資のリターンは、国一つってわけか」
「ええ。ハイリスクですが、ハイリターンだ」
その時、テラスの下から声がした。
「おーい! 若林のおじさん!」
汗だくのキャルルが手を振っている。泥だらけだが、その顔は晴れやかだ。
隣には、腕組みをしたタイガがいる。
「若林! 昼飯はまだか! 訓練をしたら腹が減ったぞ!」
「今日は『カレーライス』だと言っていただろう! 楽しみにしているんだぞ!」
……やれやれ。
最強の将軍も、今やただの食いしん坊だ。
「はいはい、今用意させますよ」
俺は苦笑しながら立ち上がった。
ポポロ村は変わった。
三国の狭間で怯える弱小村ではない。
大陸最強の武力と、異界の物資を有し、裏から世界を動かす「独立国家」への道を歩み始めたのだ。
だが、光が強くなれば影も差す。
俺の【黒革の手帖】が、微かに震えた気がした。
(……そろそろか)
獣王国内部で、不穏な動きがある。
タイガのライバル、あるいは敵対勢力。
「狼」の匂いが近づいている。
俺は空を見上げた。
次の満月まで、あと10日。
決戦の時は近い。




