EP 14
クーデターの黒幕
「……貴様、どこまで知っている?」
タイガ将軍の声が、地を這うような低音に変わった。
部屋の空気が凍りつく。歴戦の猛者が放つ純粋な殺気。
並の人間なら失禁して気絶するレベルの威圧感だ。
だが、俺はコーヒー(ゴールドブレンド)を啜り、平然と【黒革の手帖】をめくった。
「全て、と申し上げましたよ。……例えば」
俺は手帖の記述を読み上げる。
「決起予定日:次の満月の夜。
作戦名:『牙の革命』。
主力部隊:貴殿が率いる疾風師団2000名と、王都内の内通者である人狼族の特殊部隊300名。
……違いますか?」
ダンッ!!
タイガが拳をテーブルに叩きつけた。頑丈な木のテーブルに亀裂が入る。
「その情報は、王と俺、そして数人の腹心しか知らぬ最高機密だ! なぜ、ただの人間風情が知っている!?」
「情報こそが私の武器ですから」
俺は動じない。
焦っているのは彼の方だ。
計画が漏れている恐怖。そして、その計画が「資金不足」という致命的な欠陥を抱えている焦燥感。
「将軍。あなたの計画は完璧だ。獅子王レグルスの油断を突き、電撃的に王都を制圧する……。軍略としては見事です」
俺は手帖を閉じ、彼を真っ直ぐに見据えた。
「ですが、兵站が破綻している。今の飢えた兵士たちに、王都までの強行軍は不可能です。……たどり着く前に脱走兵が出るか、行き倒れて全滅するのがオチでしょう」
「……ぐっ」
タイガが唇を噛み締めた。
図星だ。彼自身、それが一番の懸念事項だったはずだ。
だからこそ、なりふり構わずポポロ村へ略奪に来たのだから。
「そこで、提案です」
俺は足元の鞄から、重厚な布に包まれた物体を取り出し、テーブルの上に置いた。
ゴトリ、という重い音が響く。
「……なんだ、これは」
「開けてみてください」
タイガが布をめくる。
その瞬間、薄暗い部屋が黄金の輝きに満たされた。
「なッ……!?」
そこにあったのは、純金の延べ棒の山だった。
ニャングルが商会の裏ルートでかき集め、俺がルチアナ通販で補填した資金だ。
「金塊、50kg。……当座の軍資金としては十分でしょう?」
「き、貴様……これを、俺に?」
「ええ。それだけではありません」
俺は指を一本立てた。
「食料は、先ほどの『カップ麺』と『即席米』を無制限に供給します。これで兵の士気と体力は全快する」
指を二本立てる。
「さらに、武器。……我が村と懇意にしている『ある帝国の高官』を通じて、帝国軍の余剰装備を横流しさせます。最新鋭のドワーフ製武具が手に入りますよ」
タイガの目が泳いだ。
金。食料。武器。
戦争に必要な「三種の神器」が、今、目の前の男によって提示されている。
喉から手が出るほど欲しい。だが、あまりに話がうますぎる。
「……対価は、なんだ?」
タイガが警戒心を露わにして問う。
「タダでこれほどの支援をするわけがない。……俺が王になった後、国を売れとでも言うつもりか?」
「まさか。国政には興味ありませんよ」
俺はにこやかに首を横に振った。
そして、用意していた一枚の羊皮紙を差し出した。
『ポポロ村自治権に関する密約書』だ。
「私が望むのは、たった一つ。……このポポロ村を、獣人王国の法が及ばない『特別自治区』として認めること」
「自治区、だと?」
「ええ。税の免除、軍の立ち入り禁止、そして独自通貨の使用許可。……要するに、私がここで何をしようと、国は一切干渉しないという約束です」
タイガは羊皮紙を睨みつけ、そして俺の顔を見た。
「……それだけでいいのか? 大臣の椅子も、領土もいらんと言うのか?」
「ええ。私は『裏方』が性分でしてね。表舞台で偉そうにするのは、あなたのような英雄にお任せします」
俺はコーヒーを飲み干した。
「どうです、将軍? 悪い話ではないはずだ。あなたは王になれる。私は静かな暮らしを手に入れる。……Win-Winでしょう?」
長い沈黙が流れた。
タイガは金塊を見つめ、カップ麺の残り香を嗅ぎ、そして俺の目を見た。
その瞳の奥にある「計算」と「野心」を測るように。
やがて、彼はニヤリと笑った。
猛獣が、自分と同格の捕食者を認めた時の笑みだ。
「……ククッ、ハハハハハッ!! 面白い! 実に面白いぞ、若林!」
タイガは豪快に笑い飛ばし、俺の肩をバシンと叩いた。
「よかろう! その条件、呑んだ! 貴様の飼い犬になるつもりはないが……『共犯者』としてなら悪くない!」
「ありがとうございます、次期国王陛下」
「よせ。まだ将軍だ」
タイガは立ち上がり、右手を差し出した。
俺も立ち上がり、その手を握り返す。
分厚く、熱い手だ。
これで、獣人王国の「武力」は俺の手駒となった。
「すぐに物資の手配を始めます。……決起は予定通り、次の満月で?」
「ああ。兵たちが食って回復するのに3日。装備を整えるのに2日。……十分だ」
タイガの瞳に、王者の炎が宿る。
「見せてやるさ。腹一杯になった虎が、どれほど凶暴かをな」
「期待していますよ」
握手を解いたその時、ドアがノックされた。
入ってきたのは、キャルルだった。
彼女は俺とタイガを見て、少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに状況を察したようだ。
「……話は、まとまった?」
「ええ。タイガ将軍は、ポポロ村の強力なパートナーになってくれましたよ」
俺が言うと、タイガはキャルルに向き直り、不敵に笑った。
「月兎の小娘。……いや、キャルル殿と言っておこうか。貴様の村、気に入ったぞ。特にあの『タレ』とな」
「……ふふっ。おかわりなら、たくさんあるわよ」
キャルルも笑い返した。
かつての敵同士が、同じテーブル(食卓)を囲む仲間になった瞬間だ。
「では、若林。俺は部下たちに朗報を伝えてくる。……『今夜も宴だ』とな!」
タイガは金塊の入った鞄を軽々と担ぎ、足取り軽く部屋を出て行った。
廊下から「肉だ! 祭だ! 若林様バンザイだ!」という兵士たちの歓声が聞こえてくる。
俺は椅子に座り直し、深いため息をついた。
「……ふぅ。やれやれ、大飯食らいのペットが増えましたね」
「おじさん」
キャルルがテーブル越しに身を乗り出してきた。
その顔は真剣だ。
「本当に、よかったの? あんな危険な人と手を組んで」
「毒を食らわば皿まで、ですよ。それに……」
俺は窓の外、広場で盛り上がる獣人たちを見下ろした。
「彼らは単純だ。恩義と契約を重んじる。……裏表のある人間の政治家より、よほど信用できます」
「……そっか」
キャルルは安心したように微笑んだ。
「じゃあ、私も頑張らなきゃね。……タイガ将軍と手合わせしてくる!」
「え? 今からですか?」
「うん! 『腹ごなしに運動したい』って言ってたし、私も強い人と戦いたいから!」
そう言うと、彼女は嬉々として飛び出していった。
……戦闘狂の血が騒いだらしい。
最強の将軍と、最強の村長。
この二人が手を組めば、物理的な戦闘力においてもポポロ村は要塞化するだろう。
「さて……」
俺は【黒革の手帖】を開いた。
資金繰り、物資調達、そして帝国のバロスへの根回し。
やることは山積みだ。
「忙しくなるな」
俺は苦笑しつつも、充実感を感じていた。
国一つを動かす、巨大なプロジェクトが動き出したのだから。




