EP 12
焼肉外交
ポポロ村の広場は、戦場と化していた。
ただし、飛び交うのは矢でも魔法でもない。
猛烈な白煙と、暴力的なまでの「食欲をそそる香り」だ。
「おいガンツさん! 火力が弱い! 炭を追加してください!」
「おうよ! ドワーフの鞴捌きを見せてやらぁ!」
「モウラさん、肉の追加だ! 解凍が間に合わない、ブロックごと持ってこい!」
「了解! 任せな、この程度の重さ、小指一本だよ!」
俺はジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖を捲り上げて現場指揮を執っていた。
広場の中央には、村中の鉄網と、ガンツが急造したU字溝のような細長いコンロが並べられている。
その上で焼かれているのは、ルチアナ通販で取り寄せた『業務スーパーの冷凍豚バラブロック(1kg×500個)』だ。
安物? 硬い? 関係ない。
飢えた獣たちにとって、脂の乗った肉こそが至高の宝石だ。
***
「……座れ、将軍」
俺は広場の一段高い場所に設置した「VIP席」に、タイガ将軍を案内した。
彼はドカッと椅子に腰を下ろしたが、その視線は網の上で踊る肉に釘付けだった。
「……若林と言ったな。これが貴様らの『戦術』か?」
「ええ。腹が減っては戦はできぬ、と申しますから」
俺はトングを手に取り、ジュウジュウと音を立てる豚バラ肉をひっくり返した。
脂が炭に落ち、炎が上がる。その瞬間、香ばしい煙がタイガの顔面を直撃した。
「ぬぐっ……!」
タイガの喉が大きく上下した。
彼の背後には、副官や隊長クラスの猛者たちが控えているが、彼らも同様だ。
よだれを垂らし、腹の虫が合唱している。
「ただの焼いた肉だ。……我らとて、戦場で肉くらい食う」
タイガは必死に威厳を保とうとしていた。
「ええ、ただの肉です。……ですが、これがあれば話は別でしょう」
俺は足元のダンボール箱から、業務用サイズのポリタンクを取り出した。
ラベルには『スタミナ焼肉のたれ(にんにく増し増し)』と書かれている。
「これは……?」
「異界の錬金術師が調合した、魔法の聖水です」
俺は小皿にタレを注いだ。
ドロリとした黒褐色の液体。
その正体は、醤油をベースに、すりおろしニンニク、リンゴ果汁、ハチミツ、ごま油、そして数種類のスパイスを黄金比で配合した「飯泥棒」の液体版だ。
「どうぞ。……毒見が必要なら、私が先に食べますが?」
「……フン、必要ない。虎族の胃袋は鋼鉄よりも頑丈だ」
タイガは震える手で箸(使い方はぎこちないが)を持ち、焼けた肉を掴んだ。
そして、たっぷりとタレに潜らせる。
肉の熱でタレが温まり、ニンニクの香りが爆発的に広がる。
「いただきます」
タイガは大きな口を開け、肉を放り込んだ。
咀嚼。
一回。二回。
カッッッッ!!!!
タイガの瞳孔が開き、背筋がピンと伸びた。
虎耳がピンと立ち、太い尻尾がバタンバタンと地面を叩く。
「な……なん……だ……これは……ッ!?」
「お味はいかがで?」
「美味ぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!」
将軍の咆哮が村中に響き渡った。
「なんだこの味は!? 肉の脂の甘みを、この黒い液体が何倍にも増幅させている! ニンニクの刺激! 果実の甘み! そして鼻に抜ける胡麻の香り! ……噛めば噛むほど、力が湧いてくるようだ!!」
「それだけじゃありませんよ」
俺はすかさず、茶碗に山盛りにした『白米(銀シャリ)』を差し出した。
これもルチアナ米(新潟産コシヒカリ)だ。
「このタレのついた肉を、この白い穀物と一緒に……こうやって、バウンド(ワンバン)させて食べるのです」
俺が実演して見せると、タイガは夢中で真似をした。
肉汁とタレが染みた白米を、肉ごとかき込む。
「むぐっ! ……んぐ、んぐ! ……ッ!!」
タイガは言葉を失った。
ただ、涙目になりながら、無心で咀嚼し、飲み込み、そして次の一切れに手を伸ばした。
炭水化物と脂質と塩分。
人類が抗えない「旨味の暴力」。
飢餓状態の身体に、数千キロカロリーのエネルギーが染み渡っていく快楽。
「しょ、将軍!?」
背後の副官が耐えきれず叫んだ。「我々にも……!」
タイガはハッと我に返り、口元のタレを手の甲で拭った。
そして、広場を埋め尽くす2000の部下たちを見渡し、吼えた。
「全軍に通達ッ!! 武装解除!! ……これより、ポポロ村との『合同演習(食事会)』を開始する!! 食らえぇぇぇぇッ!!」
「「「ウオオオオオオオオオッ!!!」」」
地響きのような歓声と共に、獣人兵士たちが各コンロへ殺到した。
「列を乱すな! 肉は逃げねぇよ!」
モウラが自警団を指揮して整理にあたる。
「タレのおかわりはここやで! 容器持って並び!」
ニャングルが商人らしく手際よく配給する。
「野菜も食べてね! サンチュみたいに巻くと美味しいよ!」
キャルルが月見大根の葉を配り歩く。
そこにあるのは、侵略軍と村人の殺し合いではない。
ただの巨大なバーベキュー大会だった。
俺はビール(自分用)を開け、その光景を眺めた。
「……食えば食うほど、彼らは牙を抜かれる」
肉一切れ、米一粒が、俺との「契約書」にサインをしているようなものだ。
この味を知ってしまえば、もう彼らはカビの生えた乾パンと水だけの生活には戻れない。
士気旺盛な軍隊は、一瞬にして「ポポロ村の食堂の常連客」に堕ちたのだ。
「……若林」
いつの間にか、皿を空にしたタイガが俺の横に立っていた。
その顔には、先ほどまでの殺気はない。あるのは、満腹の幸福感と、そして――底知れない男を見る畏怖の色だ。
「……これだけの物資、どこから調達した? 帝国の補給部隊でも、これほどの質と量は用意できんぞ」
「企業秘密です」
俺は笑ってかわした。
「ですが、一つだけ言えることがあります。……私が味方でいる限り、あなたの軍隊は二度と飢えることはない」
タイガはゴクリと唾を飲んだ。
武力で勝っても、腹は満たせない。
だが、この男(俺)と手を組めば……。
「……場所を変えよう。肉の礼だ、話くらいは聞いてやる」
「ありがとうございます」
俺はスーツの内ポケットに手を触れた。
そこには【黒革の手帖】と、あらかじめ用意しておいた『クーデター計画書』が入っている。
「では、食後のコーヒーでも飲みながら……この国の『未来』について語り合いましょうか」
胃袋は掴んだ。
次は、心臓(野心)を握り潰す番だ。




