EP 10
影の村長補佐、誕生
翌朝。
ポポロ村は、二日酔いの重い空気に包まれていた。
あちこちの軒先で、村人たちが頭を押さえて呻いている。昨夜の「勝利の美酒」は、これまでの鬱憤を晴らすには十分すぎたらしい。
だが、村長宅の執務室(と呼ぶには粗末な物置部屋だが)だけは違った。
「……おはようございます、皆さん。お水を用意しましたよ」
俺は新品のスーツに身を包み、湯気の立つコーヒーポットをテーブルに置いた。
目の前には、青い顔をした村の幹部たちが座っている。
「うぅ……頭が割れる……。あのお酒、飲みやすすぎて毒だよぉ……」
キャルルが机に突っ伏している。兎耳が力なく垂れ下がっていた。
「水くれ、水……。昨日は調子に乗って樽ごと飲んだのが間違いだった……」
モウラは顔面蒼白だ。頑強な牛耳族の肉体も、アルコールの分解速度までは強化されていなかったらしい。
唯一、ニャングルだけは充血した目で、しかししっかりと電卓(俺が渡した地球製)を叩いていた。
「……痛っ、頭痛っ。せやけど計算は合うとる。バロスの野郎、ほんまに5000万振り込ませよったで。帝都のゴルド商会本店から入金確認の魔導メールが来たわ」
「さすがですね、ニャングルさん。仕事が早い」
俺は黒いコーヒーを啜りながら、一枚の巨大な模造紙を壁に貼り出した。
そこには、今後1年間の『ポポロ村復興計画書』がびっしりと書かれている。
「さて、二日酔いの頭で恐縮ですが、会議を始めましょう。我々は勝ちましたが、これはゴールではありません。スタートラインに立っただけです」
俺の声に、全員が顔を上げる。
「1億円の予算と、5000万の返還金。……この莫大な資金をどう使うか。それがこの村の運命を決めます」
キャルルが目をぱちくりさせた。
「えっと……みんなで分けるんじゃ、ないの?」
「駄目です」
俺は即答した。
「一時的なバラマキは、村を腐らせます。必要なのは『投資』です。具体的には……」
俺は指示棒(そこら辺の木の枝)で図面を叩いた。
「第一に、インフラ整備。ガンツさん、あなたにはドワーフの最新技術で、村を囲む『防壁』と、街道の舗装をお願いしたい。資材はゴルド商会経由で安く仕入れます」
「フン……。金があるなら、最高の仕事をしてやるよ。あのボロい柵じゃ、俺の作った武具も泣くからな」
ガンツがニヤリと笑う。
「第二に、自警団の正規軍化。モウラさん、村の若者たちに給料を払い、専業の兵士として育ててください。装備もガンツ製に一新します」
「マジかい!? 毎日肉が食えるなら、鬼みたいな訓練だってやってやるよ!」
モウラが復活し、ガッツポーズをした。
「そして第三に……教育と観光開発。キャルルさん、あなたには村の顔として、外交と『ブランド野菜』の宣伝塔になってもらいます」
俺はキャルルを見た。
「月見大根と太陽芋、そして地球の酒。これらを武器に、ポポロ村を『大陸一の美食と保養の地』に変えるんです。……金と人が集まれば、帝国も獣王国も、うかつに手を出せなくなります」
圧倒的なビジョン。
今まで「どうやって今日の飯を食うか」しか考えていなかった彼らにとって、それは眩しすぎる未来図だった。
キャルルがゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、もう迷いはない。
「……お願い、若林のおじさん」
彼女は俺の前に歩み寄り、深々と頭を下げた。
「私一人じゃ、きっと道を間違えちゃう。だから……正式に、この村の『特別顧問』になってくれませんか? 私の、一番近くで……支えてほしいの」
その言葉に、ガンツもモウラも、ニャングルも頷いた。
余所者だった俺が、この村の「頭脳」として受け入れられた瞬間だった。
「……謹んで、お受けいたします」
俺は恭しく一礼した。
こうして、ポポロ村の「影の村長補佐」が誕生した。
だが。
平穏な時間は長くは続かない。
バサササッ!
突然、窓の外から一羽の鷹が飛び込んできた。
脚には赤い筒――獣人王国の軍用伝令管が結びつけられている。
それを受け取ったニャングルの顔色が、一瞬で変わった。
「……若林ハン、えらいこっちゃ」
「どうしました?」
「獣王国の国境守備隊からや。……『虎将軍タイガ』が動いた」
その名を聞いた瞬間、キャルルとモウラの身体が強張った。
タイガ。
獣人王国の中でも最強の武闘派として知られる、虎耳族の将軍。
「歩く戦争」と恐れられる男だ。
「奴さん、手紙も寄越さず、いきなり軍を率いてこっちに向かっとるらしい。『ポポロ村の不当な利益を調査し、必要なら接収する』……てな名目でな」
「接収……!? 要するに、村の金を奪いに来るってこと!?」
モウラが叫ぶ。
「せや。バロスを追い返した噂を聞いて、ハイエナ……いや、虎が餌の匂いを嗅ぎつけたってわけや。……相手は帝国の小役人とは違うで? 話が通じる相手やない。暴力の塊や」
室内に重苦しい沈黙が落ちる。
バロスは「欲」で動く人間だったから交渉できた。
だが、タイガは違う。武力と恐怖で支配する軍人だ。言葉よりも先に拳が飛んでくる相手に、交渉術は通じない――誰もがそう思った。
「……若林のおじさん。みんなを逃がそう。タイガが相手じゃ、村ごと潰されちゃう」
キャルルが悲痛な声で言う。
だが、俺は静かにコーヒーを飲み干し、カップを置いた。
「逃げる必要はありませんよ」
「え……?」
「暴力の塊? 結構なことじゃないですか」
俺は懐から【黒革の手帖】を取り出した。
黒い表紙が、不気味な光沢を放つ。
「軍を動かすには金がかかる。……特に、野心を持った将軍が、王に無断で動くにはね」
俺はペンを取り、サラサラと文字を書き込んだ。
『獣人王国将軍 タイガ』
浮かび上がった情報は、俺の予想通り――いや、予想以上に「使える」ものだった。
【氏名:タイガ】
【野望:現国王レグルスの追放と、自身の即位】
【現状:兵士の給料未払いが続き、部下の不満が限界に近い。今回のポポロ村侵攻は、略奪で軍資金を確保するための一か八かの賭け】
俺は口元を歪めた。
ニヤリと、悪党の笑みが漏れる。
「キャルルさん。最高の『お客様』が来るようです」
「お、お客様……?」
「ええ。彼は村を奪いに来るんじゃない。……我々に『飼われ』に来るんですよ」
俺は手帖を閉じ、立ち上がった。
「ニャングルさん、ゴルド商会の至急便で、取り寄せられるだけの『食料』と『酒』……それと『延べ棒』を用意してください」
「はぁ!? 戦争すんのに酒と金か!?」
「戦争なんてしませんよ。……やるのは『買収』です」
俺は窓の外、東の空を睨みつけた。
そこには、砂煙を上げて迫りくる軍影が見える気がした。
「金に困った虎ほど、御しやすいものはない。……獣王国のクーデター計画、私がスポンサーになって差し上げましょう」
次回、第2章開幕。
スキャンダルと地球物資で、国の歴史すら書き換える。
元秘書の暗躍は、国境を越えて加速する――。




