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地味で料理下手な嫁(嘘)が、おふくろの味を信奉する義家族を「究極の肉じゃが」で黙らせた話  作者: jnkjnk


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4/4

第4話:胃袋をつかむということ

「うまい……! なんだこれ、本当にうまい……!」


悠斗の感動の声は、静まり返ったリビングにこだまし続けた。彼は佳代子さんの肉じゃがにはもう見向きもせず、まるで宝物でも扱うかのように、私の作った肉じゃがを一口、また一口と、味わいながら食べ進めている。その表情は、これまで私が見たこともないほど、純粋な喜びに満ちていた。


「この出汁、どうなってるんだ? ただの醤油味じゃない……。いろんな味がして、すごく深い……。それなのに、じゃがいもや人参の甘さがちゃんと分かる。すごいよ、美咲……!」


賞賛の言葉が次々と彼の口から溢れ出す。それはもはや、単なる「美味しい」という感想ではなかった。一つの完成された作品に対する、最大限の敬意と賛辞だった。


食卓には、異様なまでの沈黙が流れていた。佳代子さんは、顔面蒼白のまま、わが子が自分の料理ではなく、嫁の料理に夢中になっている光景を、ただ呆然と見つめている。長年かけて築き上げてきた「おふくろの味」という絶対的な聖域が、今、目の前でいとも容易く崩れ去っていく。その現実を、彼女のプライドが受け止めきれずにいるのが、痛いほど伝わってきた。


沙織さんもまた、言葉を失っていた。いつもは饒舌な彼女の口は固く結ばれ、信じられないものを見る目で、弟と私の顔を交互に見ている。彼女が信奉してきた「母の偉大さ」という価値観が、根底から揺さぶられているのだろう。


「おかわり、ある?」


鉢の中が空になると、悠斗は子供のような顔で私に尋ねた。


「ええ、まだ鍋に少しだけ」

「やった! すぐ持ってくる!」


彼は弾かれたように立ち上がると、キッチンへ駆け込んでいった。残された食卓の空気は、さらに重く、冷たくなる。その凍りついた沈黙を破ったのは、佳代子さんの震える声だった。


「悠斗……!」


キッチンから戻ってきた悠斗の背中に、佳代子さんがすがるような声を投げかける。その声には、怒りと悲しみ、そして理解できないという混乱が渦巻いていた。


「お母さんの味が、一番じゃなかったの……!? あなたは、この味が大好きだって、いつも言ってたじゃない!」


その悲痛な叫びに、悠斗は一瞬、動きを止めた。彼は、自分の皿に二杯目の肉じゃがを盛り付けながら、少し困ったような、しかし、きっぱりとした口調で答えた。


「ごめん、母さん。もちろん、母さんの肉じゃがも美味しいよ。今までずっと、これが俺の一番だと思ってた。でも……」


悠斗は一度言葉を切り、私の顔をまっすぐに見つめた。その瞳には、今まで向けられたことのない、深い尊敬の色が浮かんでいた。


「でも、美咲のは……俺が本当に食べたかった、理想の味だったんだ」


理想の味。

その言葉は、無慈悲な刃となって佳代子さんの胸に突き刺さった。息子が愛してくれたはずの「おふくろの味」は、実は「理想」ではなかったのだと。もっと美味しいものが、この世には存在したのだと。その事実を、愛する息子の口から、直接突きつけられたのだ。


三十年以上、家族のためにキッチンに立ち続け、自分の料理が家族の幸せの中心にあると信じてきた。特に、息子が「母さんの味が一番」と言ってくれることこそが、彼女の生きがいであり、存在価値そのものだった。そのすべてが、今、この瞬間に否定されたのだ。


「そんな……嘘よ……」


佳代子さんの唇から、か細い声が漏れた。その顔からはすっかり色が失せ、まるでガラス細工のように、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。彼女のプライドは、もはや修復不可能なほど粉々に砕け散ってしまったのだ。


私は、ただ静かにその光景を見つめていた。復讐を成し遂げたという高揚感よりも、むしろ、一つの家族の形が終わりを告げる瞬間を目の当たりにしているような、荘厳な気持ちに包まれていた。


悠斗は、私の肉じゃがを最後の一滴まで味わい尽くすと、満足のため息をついて箸を置いた。そして、彼は改めて私の隣に座り直し、深く、深く頭を下げた。


「美咲……本当に、ごめん……」


その声は、心からの後悔に満ちていた。


「俺、全然分かってなかった。お前が、こんなにすごい料理の腕を持っていたなんて……。それなのに、俺は……母さんや姉さんの言葉を鵜呑みにして、お前を傷つけてた。料理が下手だなんて、本気で思ってたんだ。最低だよな、俺……」


彼の肩が、小さく震えている。


「今まで、どれだけ辛かった? どれだけ我慢させてた? 俺は、夫失格だ……。本当に、ごめんなさい」


涙声で謝罪する悠斗を見て、私の心の中にあった最後の氷も、すうっと溶けていくのを感じた。彼を許せないと思っていたわけではない。ただ、分かってほしかったのだ。私の痛みも、私の本当の姿も。彼は今、ようやく、私の前に立ちはだかっていた分厚い壁の向こう側に、辿り着いてくれた。


「いいのよ、悠斗」


私は彼の手に、そっと自分の手を重ねた。


「あなたが、私の料理を『美味しい』って言ってくれた。それだけで、私は十分よ」


顔を上げた悠斗の瞳には、涙が浮かんでいた。彼は私の手を強く握り返し、何度も「ありがとう」と繰り返した。私たちの間には、結婚して以来、初めてと言っていいほどの、深く、確かな絆が生まれたように感じられた。


そして、私はゆっくりと立ち上がり、凍りついたように動かない佳代子さんの方へと向き直った。彼女は、抜け殻のように椅子に座り込んだまま、虚ろな目でテーブルの一点を見つめている。


私は彼女の前に立ち、静かに語りかけた。その声は、自分でも驚くほど穏やかで、それでいて、揺るぎない芯が通っていた。


「お義母さん」


私の声に、佳代子さんの視線が、ゆっくりとこちらを向いた。その瞳には、もはや憎しみや侮蔑の色はなく、ただ、敗北者だけが浮かべる空虚な光が宿っていた。


「料理は、愛情だっておっしゃいましたね。確かに、そうかもしれません。でも、愛情の形は、一つじゃないんです。甘く、濃い味付けで満足させることだけが、愛情じゃない」


私は一度言葉を切り、自分の作った肉じゃがの、空になった鉢に目をやった。


「素材の声をよく聞いて、その素材が持つ本来の美味しさを最大限に引き出してあげること。相手が本当に求めている味を、真剣に考えて、届けてあげること。それもまた、愛情の形なんだと、私は思います」


私の言葉に、佳代子さんは何も答えない。ただ、唇をわなわなと震わせているだけだった。


私は、そんな彼女の目を見つめながら、最後に、ずっと心の中で温めていた言葉を、はっきりと口にした。


「お義母さん。胃袋をつかむって、こういうことなんですね」


それは、静かな、しかし、何よりも雄弁な勝利宣言だった。

この一言を言うために、私は今日まで耐えてきた。この一言が、私の二年間の屈辱に、終止符を打つのだ。


その言葉を聞いた瞬間、佳代子さんの肩が、がくりと落ちた。彼女の瞳から、一筋の涙が静かに流れ落ちる。それは悔し涙か、それとも、自分の過ちに気づいた涙か。今の私には、もうどちらでもよかった。


気まずい沈黙が、食卓を支配する。沙織さんは、居たたまれなくなったのか、そそくさと立ち上がると「ちょっと、頭痛いから部屋に戻るわ」と言い残し、リビングから逃げるように去っていった。


後片付けは、すべて悠斗が引き受けてくれた。彼は、私が使った調理器具を一つ一つ丁寧に洗いながら、「これからは、俺が美咲の料理の腕を、母さんたちから守るから」と、力強く約束してくれた。その背中は、いつものような頼りない息子の姿ではなく、一人の女性を守ろうとする、夫の背中だった。


帰り道、車内の空気は、来た時とはまるで違っていた。重苦しい沈黙ではなく、穏やかで、温かい空気が私たちを包んでいた。


「本当にすごかったよ、美咲。俺、今日まで、本当のお前のこと、何も知らなかったんだなって、思い知らされた」


悠斗が、ハンドルを握りながらしみじみと言う。


「俺、母さんの料理が一番だって信じてたけど、あれは多分、味だけじゃなくて……子供の頃からの思い出とか、そういうのが全部込みだったんだと思う。でも、今日、お前の肉じゃがを食べて、目が覚めた。俺の舌は、本当はこっちの味を求めてたんだって、はっきり分かったよ」

「ありがとう、悠斗。そう言ってもらえて、嬉しい」

「これからはさ、もっとお前の料理が食べたい。お前が本当に作りたいものを、作ってほしい。もう、誰にも遠慮なんてしないでくれ」


彼の言葉が、私の心の奥深くに、じんわりと染み渡っていく。

私は、ただ料理の腕前を認めさせたかっただけではない。本当の私を、ありのままの私を、一番大切な人に認めてほしかったのだ。その願いが、今日、最高の形で叶えられた。


家に着くと、悠斗は「明日の朝ごはん、楽しみにしてる」と言って、子供のように笑った。その笑顔は、私の二年間の苦労をすべて吹き飛ばしてくれる、何よりのご褒美だった。


翌朝、私は少しだけ早起きをして、丁寧に一番出汁をひいた。その出汁で作ったお味噌汁と、ふっくらと炊き上げたご飯、そして、完璧な火加減で焼き上げた出汁巻き卵。食卓に並んだのは、決して派手ではない、けれど、私の心のこもった朝食だった。


「いただきます」


悠斗は、まずお味噌汁を一口すすると、昨日と同じように、はっとした顔で目を見開いた。


「……うまい。なんだこれ……。味噌汁って、こんなに美味しかったんだな……」


その幸せそうな顔を見て、私は心から微笑んだ。

私の静かなる反撃は、終わった。そして、本当の意味での、私たちの新しい生活が、今、ここから始まるのだ。

もう、私は「料理が下手な地味な嫁」を演じる必要はない。私は、私のままで、この愛する人の隣に立っていればいいのだ。

窓から差し込む朝の光が、そんな私たちの未来を、優しく照らし出しているようだった。

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