銀の騎士と、花売り娘の秘密
花の香りが満ちる早朝の市場。リアは籠に咲きたての白花を詰め、いつもの場所で店を開いた。
そのときだった。路地の奥から、金属が地面に触れる甲高い音が響く。
「だ、誰……?」
恐る恐る覗くと、陽光を反射する銀の胸当てを身につけた青年が倒れていた。息はあるが、額には赤い傷。何より、その整いすぎた顔立ちに、リアは思わず息を飲む。
「しっかりして! 今、手当てします!」
リアは彼を自宅へ運び、傷を拭い、薬草を煎じて飲ませた。
しばらくして、青年はゆっくりと瞳を開く。
「……ここは?」
「私の家です。あなた、道で倒れていて……」
青年は自分の名も思い出せず、ただ「大切な任務があった気がする」と呟くのみだった。
仕方なくリアは、彼が回復するまでの間、身元を隠すため“セイル”という名を与え、匿うことにした。
◆
セイルは礼儀正しく、家事もよく手伝う青年で──気づけばリアの生活は、彼の穏やかな笑顔に彩られはじめていた。
「リアの淹れるハーブティーは、落ち着くな」
「そ、そんな……ただの野草ですけど!」
胸が温かくなるたび、リアは自分を戒める。
私は普通の花売り。彼にはきっと帰るべき場所がある。
そう思うほどに、恋は痛みを増していった。
◆
ある夜、セイルは突然、頭を押さえて膝を落とした。
「……思い出した。俺は、王国を守る“銀の騎士団”の副団長……セレスト・アルバートだ」
そして、彼が倒れていた理由も。
王都を狙う“黒竜”が復活し、その襲撃から民を守るために戦った結果、重傷を負い記憶を失ったのだ。
「戻らなきゃ……。だが――」
セイルはリアをまっすぐに見つめた。
「もし生きて帰れたなら……その時は、俺の隣にいてくれないか?」
リアは一瞬、言葉を失う。
自分にそんな資格はない──そう思った瞬間、胸の奥が熱く疼いた。
「……待ってます。だから、必ず帰ってきてください」
リアは震える手で、籠から一輪の白花を取り、セイルの胸にそっと差した。
「あなたの無事を願う花です」
セイルは静かに微笑み、彼女の手を包み込んだ。
「約束だ、リア」
◆
翌朝、彼は騎士団へ戻り、黒竜討伐へ向かった。
リアは祈ることしかできなかったが──数日後。
「ただいま、リア」
扉を開けて立っていたのは、傷だらけでも凛としたままの、彼女の銀の騎士だった。
「……帰ってきてくれて、よかった」
涙が溢れ、リアは彼の胸に飛び込む。
セイルはその頭を優しく抱き寄せた。
「もう離れない。これからは、ずっと一緒に生きたい」
「はい……!」
花の香りの中で、二人はそっと唇を重ねた。
──これは、花売り娘と銀の騎士が紡いだ、小さな奇跡の始まりの物語。
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