問1 フーダニット・ハウダニット・ワイダニット
ようやく山荘の姿が、木の葉の隙間から見え、僕は安堵した。
道路のわきに原付を駐車し、獣道のような山道を歩くこと三十分。
暑い日ざし、歩きづらい道、顔にぶつかる木の枝。
昼の真っ只中に、ひたすら歩く。
途中で何度引き返そうと考えたかわからない。
「まぁ、こんな道だもんなぁ」
一人、そんな風につぶやいた。
山荘の姿が見えてから、またしばらく歩く。何回か転びそうになりつつ、やっとのことで山荘の前に着いた。
目の前には大きな谷。山荘とこちらは、太いロープで吊るされた橋がひとつ架かっている。
山荘は横長で、屋根はよくある三角のものだ。外装が洋風なせいか、小さめの洋館のように見える。
僕は吊橋を渡り始めた。
僕の正面には、山荘の玄関がちょうどくる形になる。
玄関の前に立ち、インターホンを探すが、ついていない。
「うーん、どうしたもんか」
腕を組み、どうしたものかと思い、立ち尽くす。
すると、
「横についている鐘を引くんですよ」
突然後ろから声がかけられる。
振り向くと、そこには中肉中背の中年がいた。
気の弱そうな雰囲気を持っており、メガネを掛けている。
カッターシャツとスーツのズボンを着ているが、ネクタイは外していた。
最近流行りのクールビズというやつだろうか。
なんにしても、こんな山奥にいるなんて怪しすぎる。
だからまず、こう言った。
「えーと、あなたは?」
この不審者め、と言外に伝えかねない表情で言ってやった。
………………無言。
「あ、あれ? ぼ、僕、質問したんですが……?」
何かしら返答があると思っていた僕は、うろたえてしまう。
そんな僕の様子を見て中年の彼はクスリと笑い、
「……そんなに不信がられても困りますよ。なんと応えても怪しまれそうで。それに、えーと、きみ、でいいかな? きみも私からしたら充分怪しいですよ?」
そうか、言われてみればその通りである。
こんな山奥に突然大学生が足を踏み入れれば怪しいのは間違いない。
「――あ、それと、怪しいって言った理由わかってますよね?」
確認するかのように尋ねられる。
「ハイ。さすがにこんな山奥、管理者の方以外は普通来ないからですよね?」
さすがにそのくらいのことはわかる。
自信を持って答えるが、
「いえ、その、それもあるんですが、どちらかと言うとその手にもっているもののせいで怪しさ満点と言いますか……」
どうやら彼は不服のようだ。
手に持っている物を確認してみる。
「えっと、これのどこが怪しいんですか?」
「ジュラルミンケースを持ち歩いてる奴のどこが怪しくないんですか!?」
「ジュラルミンケースの何が悪い!」
………………またも、無言。
「ごめんなさい。怪しいですね」
「いえ、私のほうこそ興奮してしまって」
いい年したおっさんと、二十歳くらい青年が二人して頭を下げあう。
しかも、山奥の洋館の前で。
シュールさ満点だった。
彼もそんなことを感じたかどうかはわからないが、気を取り直して自己紹介をされる。
「私は四方八 方といいます。職業は一応探偵です」
そういって四方八さんは名刺を差し出した。
四方八さんが言うには、何時間か前から、少しづつ人が集まり始めたらしい。
そして予定どうりであれば、僕が一番最後だそうだ。
今いる全員は、やはり手紙を持っている。
もちろん、かくいう僕のところにもそれは送られてきていた。
内容を簡潔にまとめるとこうだ。
――八月三日。
あなたをパーティーにご招待します。
パーティーの期間は三日間。
他にも何人か方を招待していますが、私は誰一人の顔もわかりません。
ですがそれは、知らない方を招待したい、というものなのです。
急で不躾な願いですが、切に、お願いいたします。
もちろん、旅費などはすべてこちらで払います。
金持ちの道楽と思い、付き合っていただければ幸いです。
参加できる方は、お手数ですが同封された手紙を送ってください――。
怪しさ満点だが、夏休みを持て余すだろうと思った僕は、これが暇つぶしになればいいと思い、手紙を出し、今ここにいると言うわけだ。
そんなことを考えているうちに、ロビーについた。
扉を開けると中には、
よく似た背格好をした二人の少女。
どこかで見た気のする女の子。
初老の紳士。
三十路前と見られる特徴のない男。
なぜか黒の三角帽子をかぶっている女子高生。
薄汚い姿のおじさん。
どこか冷たさを感じる痩躯の男。
喪服のような黒スーツの男性がいた。
初老の紳士が立ち上がり、
「おや、新しい方ですか。ようこそいらっしゃいました。私、この三日間の雑務を任されました、仕使 十六助と申します。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
深く、お辞儀をされる。
「いえ、こちらこそお願いします」
あわててそう返す。
「はい。お任せください。……では、ここにいる皆様の紹介をさせていただきます。あちらのよく似たお二方。友紙 優希様と友紙 優里様でございます。一卵性の双子だそうで」
少し気の強そうな、キャミソールの娘がこちらを向き、
「私が優希。大学で学生をやりつつ、助教授の職につかせてもらっているわ。この子が妹の優里」
気の弱そうな七部袖のTシャツを着た娘が、
「ゆ、優里です。芸術大学に通っています」
「優里はこの歳ですでに絵の才能が評価され始めているのよ。すごいでしょう?」
姉の優希さんが自慢げにそう言い、妹の優里さんが恥ずかしそうに顔を赤らめて萎縮してしまう。
「優希さん、でいいですよね。優里さんが恥ずかしがってますよ」
僕がそういうと、
「あら、ごめんなさいね、優里」
その言葉に対し、大丈夫、と優里は答えていた。
「さて、では次の方に参りましょうか。こちらにいらっしゃるのが、夢野 愛様です。なんでも、テレビにもよくご出演されてるとか」
活発そうなショートカット、釣り目の女の子。
見覚えがあったのはテレビに出ていたためだったようだ。
「夢埜 愛よ。よろしく」
なげやりに言われる。容姿が整っているせいか、冷たい印象を受ける。
すると、仕使さんが小声で、
「その……この山荘が少々お気に召しませんようで、不機嫌なのでございます」
そう教えてくれた。
「――では、そこで携帯をいじられていますのが、大真賀 ネネ(おおまが ――)様でございます」
夏物のセーラー服の上に黒いマントのような、ローブのようなものをはおり、頭には黒の三角帽子が乗っかっている。
正直なところ、暑くないのかと思うし、逆に暑すぎるから頭が壊れてしまったのではないかと思う。
……だって、セーラー服ですよ?
普通、旅行にセーラー服で来る奴はいない。
では、なぜこの娘は着て来ているのだろうか?
そんなことを考えていると、ネネちゃんは携帯から顔を上げ、
「あ、どうも、現役女子高生兼魔女見習いの大真賀 ネネです。よろしくです」
………………は? 魔女?
「あの、ネネちゃん? ひとつ聞きたいことができたんだけどいいかな?」
ネネちゃんはキョトンとした表情で、
「いいですよ、お兄さん。なんですか?」
「その、……魔女見習いってのは、なに?」
ますますキョトンとした表情になって、
「え、魔女見習いについて、ですか? 魔女見習いは、魔女見習いですよ……?」
そんなことをいう。
「魔女って、魔法を使うあれだよね?」
「はい、何か使って見せますか?」
そう言って彼女は、ペーパーナイフとメモ帳を取り出した。
「――あんまし回数できませんので、よく見てくださいです」
彼女はペーパーナイフでメモ帳からちぎった一枚を半分に切り、今度はそれをペーパーナイフで突き刺した。
すると、半分になったはずのメモが、元の通り、一枚に戻っていた。
「……は、い?」
僕は驚きで声が出なくなる。
仕使さんが後ろから、
「最初は私どももマジックかと思ったのですが、どうやら本当に魔法のようでございます。タネも仕掛けもございませんでした」
「だから、ネネは最初から魔女見習いだって言ってるです。まぁ信用できないのもわかりますけど」
少し頬を膨らませ、抗議する。
「世の中には変わった人がいるものですね~」
ジュラルミンケースを愛用するような変な人もいることだ。
魔女くらいいてもおかしくないだろう。
「お次はそこの男性。空岸 志人様でございます」
おそらく三十路前だろう男が、こちらに向き直る。
極端に特徴のない男だ。
着ている服も、雰囲気も非常に印象が希薄。
そこにいるのにもかかわらず、いないかのような錯覚を覚える。
「空岸 志人だ。つい最近まで殺人鬼として指名手配されていた。殺人はもう飽きたし、逃亡生活もこれ以上は御免だ。そういうわけだから安心してくれ。今のところ誰かを殺すような予定はない」
「さ、殺人鬼ですか。それはまた濃いですね。もしかして特徴がないのも……」
「いや、これは素だ」
余計に濃くなった。
「今度はそちらの方。通間 道征様でございます」
小汚い格好のおっさんだ。
頭をボリボリとかきながら、
「オレァ通間 道征ってもんだ。住所不定無職。いわゆるホームレスってやつだな。まぁ、仲良くしよーや」
「はい。短い間かも知れませんが、よろしくお願いしますね」
ホームレス。
ここまでで出てきた他の人に比べればかわいい物だ。
……それでも充分に変人だが。
「さて、残りはお二方になりました。あちらの若干痩躯な方が薬師 医病様、向こうの黒いスーツを着た方が、疑衣 凶様でございます」
「薬師 医病。医者だ。怪我や病気になったらすぐに私のところに来い。有料で手当てをしてやろう」
メガネをくい、とあげる。
知的だが、人間味が薄い。
冷たさすら感じる男だ。
細いメガネと、体。
切れ長の瞳。
どれもこれも嫌味のようだ。
「紹介されたとおり、疑衣 凶だ。詐欺師をやっている。もちろん名前は偽名だ」
偽名。
詐欺師。
嘘を吐く職業か。
「薬師さんに、疑衣さんですね。よろしくお願いします」
そういった。
すると、仕使さんが仕切りなおすように、言葉をつむいだ。
「さて、これで全員ですね。では、――」
そこまで言ったところで、
「あ、あのぅ。こ、こんなところに何人も、どんな御用ですか……?」
いつの間にかドアの隙間から、女の子が顔を覗かせていた。
長い黒髪がすっと背中に落ちており、端正な顔立ちをしている。
着ているのは和服だ。
そんな少女に、仕使さんが、
「おや、あなた様は?」
「わ、わたしですか……? わ、わたしは、この館で死んだ、幽霊です」
………………幽霊。
色物ばかりだと思っていたが、まだ色物がいたのか。
どことなく不信そうな目で、仕使さんは、
「幽霊、でございますか……?」
「は、はい。この通りです」
そう言って彼女は、扉をすり抜けて、部屋に入ってきた。
……ほ、本物の幽霊っているんですね……。
しかし、魔女だっているんだ。
幽霊がいても問題ないだろう。
一瞬、仕使さんが目を見張るが、すぐに柔和な表情になり、
「あなた様は、このパーティーにご招待された方でございますか?」
「パーティー? ああ、会食のことですか。ええっと、招待されていませんけど、ここに、わたしは住んでいるんですけれど……」
幽霊にも住居というものがあるのか。
そう考えるとホームレスの通間さんは逞しいな。
何か逡巡していた様子の仕使さんが、
「……わかりました。お住まいになられていたのなら、特別に参加しても問題ないでしょう。では、他の方の紹介を……」
「い、いえ、大丈夫です。その……こっそり隠れて聞いていたので」
「そうですか。それはようございました。では、自己紹介の方をお願いできますでしょうか?」
「はい。わ、わたしは宮小路 沙織といいます。この館の幽霊です。よ、よろしくお願いします」
少しおどおどしたところが、小動物チックで可愛いなぁ。
抱きしめたいかも。
「さて、お待たせしました。では自己紹介をどうぞ」
仕使さんがそういうと、僕に視線が集まる。
言われてみれば、自己紹介がまだだった。
軽く呼吸を整え、一息、
「僕の名前は十一月二十九日 晦日です。大学二年生です。よろしくお願いします」
「では、全員がこれで揃いました。ご主人様より伝言がございます。えー、どうやら予定していた休暇が取れなかったそうでして、出席できないと。ただ、皆様には楽しんでいただけるように、とのことでした」
申し訳なさそうに、仕使さんがいった。
それに対し、
「ご主人の詳しい予定など、ないのですか?」
僕がそう訊くと、
「申し訳ございません。どうやらお世話役もパーティーに出席なさる方々と同じように指名されるようでして……。しかも、お世話に当たるのは私だけのようなのです」
「なるほど。それなら仕方ありませんね。……とりあえず、部屋を決めて、荷物を運んではどうでしょうか?」
「そうですね。そういたしましょう」
仕使さんが場を仕切り始め、部屋が決まっていく。
どうやらこの山荘、改め洋館は、上から見たときに口の字型になっているらしい。
玄関がちょうど南を向いており、その前には吊橋。
西側も南側と同じように崖になっているが、橋は渡されていない。
この洋館には裏口があるそうで、そこから出ると、ちょうど洋館の裏、つまりは洋館の北側に出る。
東側から北側にかけて、崖こそないものの、少し進めば遭難必至の樹海が生い茂っている。
洋館の内側は中庭になっているが、長年放っておかれたため、人が踏み入れないほど雑草が伸びてしまっているそうだ。
洋館は三階建てだが、三階があるのは玄関に面しているところだけ。
しかも、三階自体が物置部屋と化しているので、実質は二階建てと変わらない。
洋館を口の字の辺ごとに分けて考えると、南棟のみ三階、他の棟は二階ということだ。
今僕らがいるロビーは東棟の一階にあり、キッチンは北棟の一階。
西棟の一階は管理室のようなもので、雑多な物、何か小物の予備、鍵などは大体ここにおいてあるらしい。
南棟一階は玄関と廊下しかない。
二階はすべて客間になっていて、各棟に四部屋づつの全部で十六部屋。
それぞれに部屋番号が振ってあり、南棟西側が01号室で、そこから反時計回りに番号が振られている。
さて、部屋決めの話に戻そう。
部屋決めの際は、幽霊の沙織ちゃんが、
「わ、わたしは幽霊なので、部屋なんてなくても大丈夫です」
と、ムチャクチャな謙虚さを発揮してみたり、
「俺か? 俺はこの部屋が良い。……嘘だがな」
と、疑衣さんが場をかき乱したりと、なかなかに時間がかかったが、結局、このようになった。
南棟01号室:夢埜 愛
02号室:宮小路 沙織
03号室:十一月二十九日 晦日
04号室:四方八 方
東棟05号室:疑衣 凶
06号室:空岸 志人
07号室:
08号室:通間 道征
北棟09号室:大真賀 ネネ
10号室:友紙 優希
11号室:友紙 優里
12号室:
西棟13号室:薬師 医病
14号室:
15号室:
16号室:
仕使さんは西棟一階、管理室の横に使用人用の部屋があるので、そこで充分だそうだ。
部屋割りが決まったため、鍵を取りに管理室に向かう。
鍵を渡されるとき、仕使さんが、
「扉は非常に重厚で、鍵もしっかりとしています。鍵を紛失されると、中に入れないという事態になりかねませんのでご注意を。一応マスターキーが一本ありますが、大分古くなっておりますので、使えない可能性もあります」
と、そんなことを言っていた。
渡された鍵には、キーホルダーのような留め具でタグが付けられており、そこに03と手書きで書いてある。
おそらく、仕使さんが気を利かせて買ってきてくれたものだろう。
使用人も大変だ。
自分の部屋に行き、荷物を片付ける。
しかし、生活に必要な最低限の物とトランプくらいしかもってきていないため、片付ける必要がないことに気づく。
……困りました。やることがありません。こんなときは……!
自分の部屋を出て、隣の隣、01号室の扉を開けた。
ノックもせずに。
「ジャジャーン! 突撃、隣の持ち物チェック~! ……ア、レ?」
部屋の中には、ちょうど着替え途中の夢埜さんがいた。
スカートを脱ぎ、上着を脱ぎ、これから別の上着を着ようとしている。
そんな状況だった。
………………。
「キャアアアアアアアア!」
物が投げつけられる。
痛い。
だが、読者サービスのためにもしっかりと見ようとする。
そう、読者のために僕は夢埜さんの下着姿をこの目に焼き付けなければならないのだ。
そんな風に思ったとき、旅行かばんが投げられた。
投げられたかばんは、こんな山奥だと思っていなかったのか、なかなかの強度と重量を誇る、下にタイヤのついたアレだ。
それが僕の顔面にクリーンヒットした。
吹き飛び、廊下でゴミくずのように倒れる。
バタン、と大きな音をたてて扉が閉まり、ご丁寧に鍵までかけられた。
……むむ、失敗してしまった上に、体のあちこちが痛い。
そんなことを思いながら伏していると、扉が開いた。
夢埜さんはかばんや物を回収すると、僕のことを完全に無視して扉を閉め、元のように鍵をかける。
いや、元のようにではない。
チェーンの音もしたので、チェーンロックまでしたのだろう。
まったく、ツンデレなのか。
ツンツンなのか。
どーせツンデレですけどね。
いろいろと反芻もとい反省をしながら廊下に倒れていると、
「あ、あのう、大丈夫、ですか……?」
声のする方を向くと、沙織ちゃんが心配そうな表情でこちらをのぞきこんでいた。
僕は体にバネが入っているかのように跳ね起き、
「大丈夫大丈夫。このくらい、何てことないよ」
すると、沙織ちゃんは安堵した様子で、
「よかった。突然悲鳴が上がって大きな音がしたので、何があったのかと思いました」
「いやー、夢埜さんの部屋に遊びに行ったら、ちょうど着替えてるところで。物を散々ぶつけられました。ノックもせずに開けた僕が悪いんですけどね」
頭をかきながらそう答える。
すると沙織ちゃんは苦笑いして、
「それは散々でしたね。ところで、なぜ夢埜さんのところに?」
軽く首をかしげる。
「あんまり物を持ってこなかったせいで、片付けるような物がなくて。暇になったから他の人の部屋にお邪魔しようと思ったんですよ。01号室からこう、順に回っていこうかなと」
僕の答えに対し、控えめながらも喜びつつ、
「じゃあ、わたしもご一緒していいですか? わたし、普段ここに住んでいるので、片付ける物がそもそもないんです」
と、訊かれた。
「なるほど、では、04号室の四方八さんのところから回っていきますか」
言いながら僕が歩き出すと、沙織ちゃんは、はい、と返事をして隣を歩き始めた。
すると、前から四方八さんがこちらに駆けてくる。
あまりに慌てた様子なため、僕が、
「四方八さん、どうかしたんですか?」
と尋ねると、
「どうしたも、こうしたもないでしょう。さっき悲鳴と大きな物音がしましたけど、何があったんですか?」
焦った口調で問い詰められる。
「ああ、それならですね、僕が夢埜さんの部屋に行ったら、扉を開けたときにちょうど着替え中だっただけです。悲鳴は夢埜さんのもの、大きな物音はかばんを投げつけられた音です」
「なんですって! それは事件だ! すぐに捜査をしなければ」
大げさなリアクションで、彼はそういった。
それを見て、沙織ちゃんが首をかしげながら、
「今のどこに事件性が……?」
と、四方八さんに訊く。
その言葉でここまでの事を振り返り、
「え? えーと……ないですね、どこにも。すいません。勘違いしてしまったようで」
恥ずかしそうに頭をかいて答える。
勘違い、で済まされるレベルの話なんだろうか。
僕にとっては甚だ疑問だったが、深く突っ込むべきでもないだろうと思い、自粛する。
「ところで、二人していったいどちらへ?」
さっきの恥ずかしさをごまかすようにいう。
「四方八さんのお部屋に遊びに。二人して暇なんですよ」
「私の部屋ですか? 来ても何もありませんよ。暇つぶしになるような物すら持ってきていないんですから」
「そうですか……。では残念ですが、疑衣さんの部屋に行くことにします。四方八さんはどうしますか?」
「私は遠慮しておきます。部屋で夕飯までゆっくりしていますよ」
僕らは、
「わかりました。ではまた」
と言って四方八さんと別れ、疑衣さんの部屋へと向かった。
「ちゃらちゃちゃっちゃっちゃっちゃー! ノックもせずにドーン!」
そう言い、僕は扉を開けた。
疑衣さんはなにやら本を読んでいたようで、それを閉じながらこちらを向いて、
「やぁ、よく来たね。もう充分に楽しんだだろう? さぁ、ゆっくりしていってくれ」
僕らの後ろを指差していう。
それに対して笑顔で、
「ええ、ゆっくり楽しませてもらいます」
その答えに、彼は口の端を少し上げ、
「ほう、それはそれは。重畳重畳、善き哉善き哉。とんだ災難に逢ったものだね」
「ええ、まったくです。『遭った』、ならまだよかったんですが」
そんな会話を繰り広げた。
すると、
「あの、二人とも何を言っているのですか?」
と、沙織ちゃんに訊かれる。
それに対し僕は、
「ふふふ、なに、ちょっとした愚考を口に出しているだけだよ」
しかし、疑衣さんは、
「うむ、この会話は非常に難度の高い妄言だな」
にやにやと笑みを湛えながらいう。
「疑衣さん、少し加減してください。沙織ちゃんがついてこれないですから」
「ふはは。申し訳ない。まさか返答されるとは思っていなかったのでね」
「?? いったいどういうことですか?」
沙織ちゃんはさらに混乱してしまったようだ。
「ああ、解説してあげるよ。まず疑衣さんが、」
「『どんな来訪の仕方だ。そんな風に楽しむならば、さっさと帰ってくれ』そう皮肉を言ったのだよ」
「それに対して僕が、『ゆっくり楽しませてもらいます』と、皮肉を利用してそう言ったんだ」
「だから、皮肉とわかっているのか試すために、『それは最悪だ。災難に逢うとはこのことだ』と、返した。このときの逢うは、人に逢うとして使うものだ。つまり、『お前は災難のような奴だな』。そう言ったわけだ」
「そんなことを言われた物ですから、『遭ったならよかったですね』と皮肉で返したんですよ。こっちの『遭った』は事故とか災難とかに使う方です。つまるところ、『本当に災難に遭えば良いのに』と言ったんです」
「勿論、冗談のつもりだが、理解してくれないことがほとんどでな。冗談だとわかり、しかも内容に沿った返答までくれたものだから、舞い上がってしまったのだ。すまないね、幽霊のご令嬢」
ここまでのすべての会話と同様に、まったく感情を見せずに、彼はそういった。
これだから詐欺師は恐い。
無表情ではなく、無感情なのだ。
それはさておき、彼の部屋はまったくと言って何もなかった。
もともと部屋に備え付けてあるものを除けば、かばんのようなものすら見当たらない。
おそらく、これも詐欺師としてのスキルだろう。
「ところで、俺の部屋に来てもなにもないぞ。せいぜい俺がいるだけだ。俺すらいないやも知れんがな」
「そうですね。時間つぶしのために回っているだけですから。では、疑衣さんとの会話も楽しんだことですし、そろそろお暇します」
「ふふ、時間つぶしの暇つぶしでありながら、お暇とはな」
「まぁ、そんな感じです」
意味がありげで、意味のない言葉を交わし、疑衣さんの部屋を後にした。
彼との会話を思い出し、僕の愚考もここまでくるとたいした物ではないかと、錯覚を覚える。
所詮錯覚は錯覚だが、錯覚とは事実がどうであろうと認識としては別の事柄に見えることを言う。
つまり、事実を確認できない事柄というのは、錯覚ですら答えになりえる。
そう考えれば、悪い物でもないかもしれない。
だが、僕の愚考においては、それは逆の理を表す。
しかも、矛盾すら許容するのだから、たちが悪い。
……ああ、どうにかなりませんかねぇ。
そんな愚考すら生まれた。
愚考に愚考を重ね、愚考とはなんだろうと、そんな愚考すら始めると、いつの間にやら僕は、空岸さんの部屋の前にいた。
今までと同じように、ノックもせずドアを開けようとしたが、開かない。
どうやら鍵がかかっているようだ。
しかたがないので、さらに隣の、通間さんの部屋に向かった。
毎度のことだが、ノックなしで突然開ける。
「パラパパーパーパーパッパパー! どうも、こんにち――ぐはッ!」
ドアが自分の方に戻って来て、顔面をしたたかにうちつけた。
……か、顔にダメージが多い日ですね。
「おうおう、ノックなしは礼儀がなってねえぜ。親しき仲にも礼儀あり。親しくねえならよけいだろうよ」
「す、すいません。失念していました」
「ま、良いってことよ。次からァ気ィつけろよ?」
にらまれる。
顔は笑っているが、目はマジだった。
次の部屋からはきちんとノックをしよう。
そう心に刻んだ。
すぐに磨耗してしまう気もするが。
部屋を見回すと、汚い。
どこから拾ってきたのかわからないが、雑多な物があちらこちらに転がっている。
どうやったら短時間で、ここまで汚くできるのだろうか。
訊いてみたい気もするが、本能が踏み入ってはいけないと警告したので、踏みとどまる。
「で、部屋ん中キョロキョロ見てなんだってぇんだ。なんか用か?」
「いえ、用というほどの物では」
「ハン。ならとっととけェれ。オレァ忙しいんだ。しっしっ」
追い出されてしまった。
こうなった以上再び入る訳にもいかず、北棟に行くことにする。
「ちょっとだけ恐い人でしたね」
沙織ちゃんがそんなことをボソリとつぶやいた。
「そうだね。僕なんて怒られちゃったしね」
苦笑しながらそう返すと、彼女は、
「……十一月二十九日さんは恐くなくてよかったです」
どこかはにかんだような、そんな表情で言った。
「わからないよ。僕だって恐いときはあるんだから」
「どんなときですか?」
「今だよー。ガオー」
おどけてそう言う。
「キャー」
意外にもノリが良い。
悪ノリして思い切り抱きついた。
「キャー! そ、それはやりすぎです! は、離してください!」
怒られた。
本日二度目。
ちなみに言えば、悲鳴を上げさせたのも二度目。
なかなかにハッチャけていた。
反省しつつ、謝罪。
許してくれたので、反省を生かしてノックをする。
一つ目の反省と二つ目の反省は内容が違う?
細かいことは気にしない。
兎にも角にも、本日初のノックなのだ。
中からネネちゃんの声が聞こえ、扉が開いた。
「はい、どうしたんですか?」
「ちょっと遊びに来たよ」
「わたしも、一緒です」
「うん? なにも面白い物はありませんですよ?」
そんなことを言うが、
「魔女見習いなんですから、そんなことはないでしょう。と言ってみたりして。実際、あってもなくてもいいんですよ。それに関してはそれほど期待していませんから。僕が期待しているのは女子高生の部屋、という一点のみです」
「最後の一言が余計です。一気に入れたくなくなりましたです」
「そんなこと言わないで。お、お願い。少しだけ、駄目ですか?」
沙織ちゃんが小動物オーラ全開で訊く。
「う……。わかりました。沙織ちゃんに免じて入れてあげます」
「わーい、やったー」
僕が嬉々として入っていき、
「ありがとう、ネネちゃん」
沙織ちゃんはお礼というのも少し変だが、一言告げて、入った。
部屋の中には妖しげな雰囲気の漂う不気味な物がいっぱい――ではなく、普通の部屋だった。
大きな旅行かばんがひとつおいてあり、それ以外に目立ったものは特にない。
ただし、かばんの中身は、よくわからない物でごった返していた。
妖しげな、とまではいかないが、謎の文字で書かれた本や、不思議な意匠のペンなどが出てきた。
曰く、すべて魔法に関するものなんだとか。
僕はもっとおどろおどろしいイメージを持っていたため、裏切られたというか、肩透かしをくらったというか、なにか残念な感じであった。
旅行かばんとはいえ、所詮はかばんひとつだ。
あっという間に、珍しく、めぼしい物の物色が終わってしまう。
「もうこれと言って面白い物はありませんですよ」
「そうですね。夕飯の時間までそう長くもありませんし、次の部屋に行くとします。では」
そういい、次は優希さんの部屋へと移動した。
しかし、
「ここも留守ですか。仕方ありませんね、優里さんの部屋に向かいましょう」
隣の部屋に行く。
ノックをすると、優里さんが、どうぞ、といったため、ドアを開ける。
部屋の中には、美術室のような匂いが漂っていた。
「あら、十一月二十九日くんじゃない。どうかしたの?」
優希さんもこの部屋にいたらしい。
「ど、どうしたんです?」
優里さんにそう尋ねられる。
今日、何度目になるかわからない説明をすると、部屋に上がらせてもらえることになった。
部屋には持ち込まれた画材道具が置かれており、かばんなどはそれほど目を引かない。
窓の近くには、描いている途中と思わしき絵があった。
「へえ、こんな風なんだ」
そう言いながら僕が絵に触れようとすると、
「触らないでッ!!」
優里さんの大声が響いた。
振り向くと、みな、驚愕をあらわにしている。
「――あ、そ、その、ごめんなさい。そ、そのう、それ、まだ途中だから、さ、触らないで。お、お願い」
「僕の方こそごめんなさい。勝手に触っていいものじゃないですよね」
お互いに謝りあい、どこかぎこちない空気が漂うが、遊び始めるとそんな空気は霧散していった。
かばんの中の物を物色し始めると、沙織ちゃんが、
「あれ? この少し古い服はなんですか? 他のはみんな新しいのに、この二着だけ着古してる感じがします」
確かに、他のものに比べて色が落ちている。
「そ、それは、絵の具を使うとき、汚れてもいいように着る服なの」
「なるほど、ではこれは?」
と、今度は僕がパンを指して言う。
「それは、デッサンのときに、消しゴムみたいに使うの」
「じゃあじゃあ、このハンマーは?」
ネネちゃんに順番が行き、問う。
「わ、私、彫刻も、少しやっているから、それで……」
なかなかに変わった物が多い。
あらかた物色したが、夕飯の時間までは少し時間があった。
だからと言って薬師さんの部屋を物色するほどの時間はない。
なにか案はないかと考えていると、
「眉間にしわをよせてどうしましたか?」
尋ねてきたのは優希さんだ。
少しだけあいてしまった時間をどうしようか考えていることを伝えると、
「トランプかなにかありませんか? これくらいの時間でしたら、そのあたりが手ごろかと思います」
「おお、そうですね! そういえば持ってきているのを忘れていました。ちょっと取ってくるので、ロビーに行っていてください」
そういって一度別れることにした。
トランプをもってロビーに行くと、優里さんはおらず、代わりと言ってはなんだが、空岸さんがいた。
「おや、優里さんは?」
そう僕が尋ねると優希さんが、
「あの子は絵を描くために、少し外を見てくるそうよ」
なるほど、それでいないのか。
僕は空岸さんの方を向き、
「空岸さんはどうしてこちらへ?」
「どうしたもこうしたも、暇になった上、もうすぐ夕食の時間だ。多少早めに来て、のんびりと待っていても別段問題ないだろう?」
「そうですね。では、夕食までの間、トランプでもやりませんか?」
「いや、遠慮しておこう。あまりトランプだとかそういう運の関係するゲームは好きでなくてな」
「そうですか。では残念ですが、優希さん、沙織ちゃんとやっていることにします」
そういって僕はトランプを箱から出し、軽くきりながら二人のところへ向かう。
そんなときだ。
その悲鳴が聞こえてきたのは。
女性の、甲高く劈くような絶叫。
「なんですか!?」
僕がそういい、
「今の……! 優里の悲鳴よ!」
優希さんがそう答えた。
「裏の方から聞こえたな。さっさと行くぞ」
空岸さんがそう言い、僕らは急いで裏へと向かった。
裏口から外に出ると、西棟の影に優里さんの姿があった。
優里さんは腕を押さえており、手の間からは血が漏れている。
「優里!」
優希さんが駆け寄ろうとしたが、それを制し、
「大丈夫ですか?!」
僕がそう言いながら近づくと、優里さんは、南を指さした。
そこにあるものに気づき、僕は、
「空岸さん、皆さんをロビーに」
「まさか……やっぱりあれだな。馴染み深い空気だと思ったよ。わかった。こっちは俺に任せろ。そいつはどうするんだ?」
「優里さん、立てますか?」
彼女は首を縦に振る。
「――では空岸さん、彼女もお願いします」
「いいだろう。これは貸しといてやるよ」
「殺人鬼相手に借りを作ってしまうとは……なにを要求されるか、想像するだに恐ろしいですね」
僕がこんな状況にありながら、苦笑しながら言うと、
「ハッ! こんな状況でそんな冗談を吐けるような奴に言われたかねえよ」
そう返された。
空岸さんが他の方々をつれ、立ち去ったところで、南側から複数の足音が聞こえて来た。
南側に行くため、目の前のそれを跨ぐ。
向こうに行くと僕は、
「止まってください」
そう言った。
周ってきていたのは、仕使さん、薬師さん、疑衣さん、ネネちゃん、夢埜さん、四方八さんの六人だ。
「薬師さん、四方八さんは残って、他の方はロビーに向かっていただけますか?」
「……かしこまりまりました。では皆様、ロビーに参りましょうか」
僕の指定した人から何かを予測したのか、彼はそういって皆さんを引き連れ、玄関へと引き返す。
僕が残った二人の方を向くと、
「なにがあったんですか、十一月二十九日さん? 向こうでは吊橋が落ちていましたよ!?」
「私と、四方八さんが残った、ということで、推測は立つがね」
肩をすくめて薬師さんが言った。
「百聞は一見に如かず、です。こっちへ」
僕がそう言って彼らを、それが倒れているところに案内する。
そこで僕がそれ、と呼んだ人の成れの果ては、胸から血を零していた。
地面をその身の血で汚し、自分で作った血の池の上に、倒れていた。
地に伏しているのか。
血に伏しているのか。
池に伏しているのか。
まるで、それを問うためだけに、外で殺したかのようでもある
だが、僕の愚考では、答えの出ない問題だ。
いや、それ以前に、問題ですらない。
今、僕の愚考にとって問題なのは、通間 道征さんが、死んでいることだった。




