07.四人で勉強会!!
日曜の昼下がり。
駅前ロータリーに立っている俺の足元を、初夏の風がさわさわと通り過ぎていく。
待ち合わせの駅前で、俺と鋼太郎は並んで立っていた。
鋼太郎の服装は、いつものようなTシャツにジーパン。気負いのない、シンプルなスタイルだ。
左腕にはギプスが巻かれていて、白い包帯で首から吊っている。その状態でも器用にスマホをいじっているのがすごい。
ギプスの上にスマホを乗せて、右手だけで操作しているけど、見ていてやりづらそうなのか、慣れてるのか……そのあたりはよくわからない。
その様子を横目で見ていると、「あと何分?」と、鋼太郎がスマホをいじりながら言った。
俺はすぐさまスマホで時間を確認する。
「もうすぐ来るはずだけど……」
待ち合わせ時間まで、あと二分ほど。
内心はかなりソワソワしてる。というか、だいぶ緊張していた。
——ちゃんと、来てくれるよな?
鹿嶋はともかく、藤吉菜々美も来るっていうのが今回の最大のポイント。もちろん、鋼太郎には言っていない。サプライズのつもりだから。
と、そのとき——。
「……おい」
鋼太郎が、小さく驚いたような声を出した。
「ん?」
「……あれ、鹿嶋と……藤吉じゃね!?」
そちらを見ると、たしかにその二人がこちらに歩いてくるのが見えた。
——来たか。
藤吉は、淡いピンクのブラウスに黒のプリーツスカート。
白い厚底サンダルに、フリル付きの靴下まで合わせていて、雑誌のコーデ特集から飛び出してきたようだった。
一方の鹿嶋は、白いTシャツに、グレンチェック柄のラップ風スカート。サイドに控えめなフリルがついていて、シンプルだけどどこか可愛い。
黒いレースアップのショートブーツで足元を締めていて、全体的にクール寄りの大人っぽさを感じさせた。
そんな二人が並んでいると、人目につく。ファッション系のスナップショットを見ているような感じだ。
「お待たせー!」
藤吉が遠くから明るく手を振る。
その笑顔に、鋼太郎がぴたりと固まった。
「い、伊吹、聞いてないぞ……!」
すっかり声が裏返ってる。
こんなに動揺するこいつを初めて見た気がした。
「いや、俺も知らなかった」
俺は平静を装いつつ、軽く嘘を吐く。
「鹿嶋さんと友達だから、連れてきたんじゃないかな?」
「あ、たしかに、教室でよく一緒に話してるもんな!?」
「落ち着けって……」
「落ち着いてられるかよっ!」
そんなコソコソ話をしていると、鹿嶋と藤吉が正面に立った。
最初に、気まずそうに口を開いたのは藤吉だった。
「あ、えっとー……由依に誘われて来たんだけど、今日はよろしくね?」
ニコッと笑顔を見せると、鋼太郎が「よろしく」と慌てて返した。
「岡本くん、ずっと気になってたんだけど、その腕大丈夫?」
「おう、平気——」
鋼太郎は腕を上げたが、「いたっ」と顔をしかめた。
「や、やっぱ平気じゃないみたいだ……」
やらかした、という感じで鋼太郎が苦笑しながら言うと、藤吉もどうリアクションしていいのかわからないのか、鋼太郎に合わせて苦笑してみせる。
「無理しちゃダメだよ?」
「お、おう……」
「どれくらいで治るの?」
「二ヶ月くらいだって」
「そのあとはリハビリとかあるの?」
「うん、たぶん、まあ……」
そうして二人が話しているあいだ、俺と鹿嶋は静かに頷きあった。
——とりあえず、ここまでは作戦通りか。
鋼太郎と藤吉が顔を合わせて話す。
お互いに、友人の付き添いでみたいな位置関係なので、ひとまずは自然な流れでここまでは作戦通りだ。
そんなことを思っていると、藤吉に話しかけられた。
「あ、伊吹くん」
「え? なに?」
「今日は家にお邪魔するから——これ」
藤吉が見せたのは、有名なスイーツ店の袋だった。
「ママが、お世話になるんだから持っていきなさいって」
「そっか、ありがとう」
俺は静かに受け取って、鋼太郎の顔をチラッと見た。
どうにも居心地の悪そうな、それでいて照れている顔をしている。イケメンでも慌てることがあるんだな、と思いながら、俺はそっと笑みを浮かべながら言う。
「俺んち、ここから歩いて五分くらい。——じゃあ、行こっか?」
そう言って、三人を連れて歩き出した。
並び順は、俺と鋼太郎、少し後ろに鹿嶋と藤吉。
鹿嶋は今のところ、藤吉となにかを話しているが、俺と鋼太郎とは話していない。
それがごく自然な感じに見えて、とりあえず藤吉にも今回の作戦が気づかれていないように感じられた。
「……なあ、伊吹」
「? なんだ?」
「お互いに、頑張ろうな?」
「あ、ああ……」
頑張るのは鋼太郎だけでいいのだが、とりあえず俺はそう返事をしておいた。
* * *
マンションに着き、玄関の扉を開けて、「どうぞ」と招き入れると、藤吉はぱっと目を輝かせた。
「すごーい、一人暮らしの部屋ってこんな感じなんだ〜! 新鮮!」
「けっこう片付いてるね?」
「まあね。じゃあ、向こうで適当に座って待ってて」
そう言いながら、俺はキッチンで飲み物などを準備しようとすると、鹿嶋が「手伝う」と言って、俺のそばに立った。
「コップ出すよ」
「ありがとう」
俺は冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出し、鹿嶋が差し出したコップに氷を入れる。それを鹿嶋に手渡すと、彼女はジュースを注ぎながら訊ねてくる。
「……上手く、いくかな?」
正直、わからない。でも——。
「ここまできたら、上手くいかせないとな?」
「うん、そうだね……」
そんな風に、四人分の飲み物を用意しながら、俺たちは小さな声で——でも、どこか本音の混じった言葉を交わしていた。
ややあって——勉強会が始まったのは、その十分後のことだった。
「じゃあ、まず英語からいこっか?」
「いいね、じゃあ英語から」
鹿嶋が手際よく教科書を開き、自然に進行役を買って出る。
その流れに、俺もさりげなく乗る。家主として出しゃばるより、鹿嶋が全体を引っ張ったほうが空気は柔らかくなる——それが、さっきキッチンで二人で立てた作戦だった。
イニシアチブは、どちらが握るべきか。
俺が張り切ると変に場が締まってしまう。けれど、鹿嶋なら、柔らかく、自然にまとめられる。
いったん流れができてしまえば、あとは空気に任せて進めればいい。
そして、最初に選んだ教科が英語なのにも、ちゃんと意味がある。
「英語、マジで苦手なんだよなー……」
鋼太郎が、教科書を開きながら弱音を溢す。
すると、藤吉がその弱音を拾って、クスッと笑った。
「私、ちょっとだけ得意なんだ。苦手なとこがあったら、なんでも訊いてね?」
「え? ……まじで? ありがと……」
「そのための勉強会でしょ?」
「……あ、うん……」
鋼太郎と藤吉が、自然に言葉を交わす。——思った通りの展開だった。
鹿嶋からは事前に、藤吉の得意科目は英語だと聞いていた。
そして鋼太郎は、典型的な英語アレルギー。
お互いの弱点と強みが噛み合えば、会話の糸口が生まれる——そう睨んでの選択だった。
——入口としては悪くないな。
鹿嶋からもう一つ、藤吉の性格についても聞いていた。
彼女は、受けに回るタイプではなく、むしろ、自分から周囲に気を配って動ける、積極的な性格だという。
だから、鋼太郎が英語を苦手にしていて、しかも腕を怪我していると知れば——きっと藤吉のほうから自然に話しかけてくれる。
そう思っていたら、予想通りな展開になった。
開始早々に、鋼太郎が藤吉に訊ねる。
「あのさ、この問題……」
「ん? ああ、ここね? ここはねー——」
鋼太郎は緊張気味に、藤吉から丁寧な説明を受けていた。
俺と鹿嶋は静かに視線を合わせて、二人が上手く打ち解けていくのを確信する。
すると、藤吉から「伊吹くん」と声をかけられた。
「わからないところとかない?」
「ん? 俺は、今のところ大丈夫。俺より、鋼太郎にいろいろ教えて」
「わかった」
藤吉はニコニコしながら、鋼太郎に丁寧に説明する。
その様子を横目で見つつ、俺も自分の勉強に集中した。