06.作戦の第一段階
「……お前んちで、勉強会?」
放課後、鋼太郎と帰りながら、なるべく自然を装って、その話題を切り出した。
「ほら、中間テストが近いだろ?」
言いながら、俺は肩をすくめた。
「まあ、再来週だな」
「でさ……助けてくれ!」
俺は手を合わせ、深々と頭を下げた。できるだけ、必死っぽく。
鋼太郎は「は?」と素っ頓狂な声を上げた。
「ほら、引っ越しとか片付けで、ゴールデンウィーク中に全然勉強できてなかったんだよ」
とか言いつつも、なんだか胸が痛む。本当の理由はそうではない。
「……いや、ゲーム三昧、漫画三昧だったんだろ、お前?」
「なんでバレたっ!?」
「いや、推測だけど、やっぱそうだったか……」
鋼太郎が呆れた顔をした。
完全に見透かされている俺だったが、そんな反応が返ってくるだろうなというのは予想していたので、とぼけたふりをしておいた。
「つーか、俺も部活三昧だったし、もしかするとお前よりヤバいかもしれん……」
「まさか、天下の鋼太郎様が?」
「アホか。俺、基本的に体育以外は普通だからな?」
鋼太郎がギプスの腕で自分を指差して、笑ってみせた。その動作一つとっても、なんだかぎこちない。
「まあ、勉強会するのはいいけどさ」
鋼太郎がそう言ったので、俺は心の中で「よし!」とガッツポーズを決める。
そして、ここからが《《本題》》だ。
「じゃあ、場所は俺の家でいいよな?」
「いいぞ」
「あとさ——ついでに、《《助っ人》》を呼ばない?」
「助っ人?」
「ほら、俺たちだけだとヤバそうだし、できれば勉強できそうなやつを誘いたいなって」
「…………」
鋼太郎は、しばらく無言になった。その沈黙が、なんだか俺の気持ちを落ち着かせなくなる。
そして、鋼太郎はいよいよ怪しむように俺を見た。
「お前……なんか企んでね?」
「は? な、なにをだよ……」
苦笑しながら返したが、冷や汗が背中を伝った。
……いや、バレるの早くないか?
「勉強会って時点で怪しいだろ? 急すぎるっつーかさぁ」
「そ、そうか……?」
鋼太郎の視線が、じりじりと俺を追い詰める。
「つーか、助っ人って誰?」
「え? えっと……それは、これから決めるというか……」
完全にしくじった。
今の返しで、余計に怪しさが増してしまったかもしれない。
案の定と言うべきか、鋼太郎はなにかに気づいたような顔をした。
「お前、まさか……」
ヤバい——そう思えば思うほど、冷や汗が背中から流れ出る感覚があった。
「勉強会に、女子を誘うつもりだろ?」
核心を突かれたために、俺の心臓が跳ね上がる。
「なるほど、やっぱりな」
鋼太郎がニヤッと笑った。
「勉強会するって名目で、気になる女子を家に呼びたいんだろ?」
「いや、違っ……——は?」
否定する言葉が喉まで出かかったけれど、俺は急にポカンとなった。
「だからさぁ、気になる女子がいるんだろ?」
「えっとー……ん?」
俺がイマイチ理解できていない顔をしていると、鋼太郎がしたり顔で言う。
「わかる、わかるぞー、伊吹の考えてることが。やっぱ一人暮らしって寂しいもんな?」
——いや、なんもわかってないからな? なんだ、その、俺にはなんでもお見通しだって顔は……。
そうは思ったが、鋼太郎が《《上手く勘違いしてくれた》》のは、ある意味で幸運だったのかもしれない。
「ま、まあ……ぶっちゃけ、そんなとこ……」
俺が引きつった笑顔で言うと、鋼太郎は「ほらな?」とドヤ顔をきめる。
「ほらな? ——ま、そういうことなら俺もひと肌脱ぐよ。で、その女子って、誰?」
俺は心を落ち着かせながら言う。
「……同じクラスの、鹿嶋由依」
名前を出した瞬間、鋼太郎の顔がピタッと固まった。
それから、すぐに苦笑してみせる。
「鹿嶋……そっか、鹿嶋か……」
鋼太郎は気まずそうに呟いた。
おそらく、先日の事故の一件を気にしてのことだろう。
「ダメか?」
「ダメじゃねぇよ。鹿嶋、勉強できるしな」
そう言いながら、鋼太郎がギプスを巻いた腕で、俺の肘を押した。
「でも、気をつけろよ?」
「え?」
「鹿嶋、野球部のマネージャーの中じゃ超人気だからな。ファン、多いぞ?」
「そ、そっか……」
それは知らなかった。たしかに、可愛い顔をしているのはたしかだが。
「つーか、鹿嶋と話したことあんの?」
訊ねられ、俺は小さく頷く。
「まあ、何度か……」
「なら大丈夫だろ。仲良くなっとけ!」
鋼太郎はそう言いながら、軽く拳で俺の肩を小突いた。
「よし、じゃあ、明日の朝練のときに俺から鹿嶋誘っておいてやるよ」
「マジで?」
「ああ。任せろ」
俺は少し考えたが、同じ野球部だし、鋼太郎に頼んで、誘ってもらうというのが自然な気もした。……出来レース感は否めないが。
「わかった、頼むよ」
鋼太郎は最後まで俺と鹿嶋の企てに気づかないまま、駅前で別れた。
——よし、自然な流れで鹿嶋を勉強会に呼べる!
俺は急いでスマホを取り出して、鹿嶋にLIMEする。
【伊吹:勉強会OK】
【伊吹:ただ予定変更】
【伊吹:明日の朝練で鋼太郎が鹿嶋さんを誘うって】
すぐに既読がついた。
【由依:わかった】
【由依:鋼太郎くんから誘われるのを待つよ】
【由依:あと菜々美も勉強会OK】
【伊吹:ありがとう】
【伊吹:じゃあ明日よろしく】
やり取りを終え、俺はスマホをポケットにしまって、長く息を吐いた。
——とりあえず、勉強会の件はOKだし、あとは家をなんとかするか。
ゴチャゴチャの段ボール山を思い出して、俺はゲンナリしながら家路を急いだ。