13.ドアの向こう側、嘘の向こう側
この状況はマズい——。
うちに藤吉が一人でいて、そこに鋼太郎がやってきた…… 「偶然」にしては、出来すぎてる。
鋼太郎には……いや、鋼太郎だからこそ、この状況をうまく説明できないし、下手に立ち回ると状況が悪化することは予想できる。
——ここは正直に、藤吉がうちでいろいろ相談していたことを話すか。
二人きりでいたことについては、なんとでも言いようがあると思った。もっとも、鋼太郎を間接的にとはいえフッてしまったことは説明できないが——。
「あの、藤吉さん——」
藤吉と顔を見合わせた瞬間——
「……私、隠れるね!」
「えっ!?」
藤吉は俺と真逆のことを考えていたらしい。
「ごめん、クローゼット貸して」
「あっ……ちょっと!」
もう一度言う間もなく、藤吉はすばやくソファの脇をすり抜け、リビング横のクローゼットへ隠れてしまった。まるでスパイのように訓練された動きみたいだった。
——これ、見つかったら余計に言い訳できないんじゃ……!
やましい気持ちは一ミリもなかったが、急にやましさの気配が濃厚になってしまった。隠れる必要などないのに、藤吉は俺を追い詰めたいのだろうか。
——ピンポーン。
再びインターホンが鳴った。
鋼太郎が表で待っているし、俺は内心かなり動揺しながらも、冷静になれと自分に言い聞かせて、玄関へと向かった。
* * *
「よう。これ、お袋が——」
鋼太郎は片手で菓子折りを持ちながら、いつもの調子で玄関に立っていた。
俺は無理やり笑顔をつくった。
「わざわざありがとな……あの、腕は?」
「病院で診てもらったら、いちおう順調だってさ」
「そっか……」
「いろいろ心配かけたな?」
「いや、それはいいんだけど……」
すると鋼太郎は「あっ」となにかに気づいたように口を開いた。
俺は反射的にビクッとなってしまった。
「藤吉のことなんだけど」
「な、なに……?」
「いや、いろいろ気を遣わせたみたいで、悪かったなーって思って……」
「え?」
なんのことだろうと、俺は思わずキョトンとなった。
「だからさ、お前と鹿嶋が、腕を折った俺に気を遣って、引き合わせてくれたんだろ?」
「なんで、そのことを……?」
「ま、だいたい見てればわかるよ。俺がお前に、藤吉のことが好きだって言ったからだろ?」
俺は閉口した。
まさか、藤吉だけでなく、鋼太郎にもそのことがバレていたとは。
すると鋼太郎は、少し申し訳無さそうに苦笑した。
「でもさ……いろいろ考えてみたんだ。藤吉と話してみて、いろいろわかったっつーか……俺、なんもアイツのこと知らなかったんだなーって」
「え?」
今度はなんの話だと思っていたら、
「俺、藤吉と合わないみたいだなーって」
そう言われ、俺は思わず目を見開いた。
「えっ!? いや、そんなことは……!」
「いいや、藤吉はちょっと俺には手に負えないかもしれない」
「なんで、急に……?」
「いろいろ話してみて、価値観っつーかさ、ちょっとイメージと違ってたんだ」
「…………」
俺が黙ったままでいると、鋼太郎はニカッと笑ってみせた。
「だからさ、いろいろありがとな? 俺、腕が治ったら野球に集中するし、藤吉とは友達ポジションくらいでいるよ」
そう言って、鋼太郎は帰ろうとしたが、
「あのさっ……!」
俺は思わず引き止めた。
「ん? どうした?」
「なんか……いろいろ、ごめん……」
そう言った瞬間、自分でも驚くほど胸の奥がずしんと痛んだ。
俺は——藤吉の気持ちも、鋼太郎の気持ちも、けっきょくちゃんと見ていなかったのだろう。
鋼太郎のため、なんて言いながら、どこかで自分の都合で全部を動かしていた。
その結果、藤吉は泣いて、鋼太郎は傷ついた。
たとえ表面上は笑っていても、あの優しい奴が、こんなふうに身を引くような言葉を口にするなんて——本当に、笑っていられない。
「……なんでお前が謝んの?」
鋼太郎は、気まずそうに眉を下げながらも、明るく笑ってみせる。
「そんな顔すんなよ。俺はマジで、お前と鹿嶋に感謝してるから」
「でも……」
「俺のために、いろいろやってくれたの、わかってるって。わかってるから、余計にもう気にすんな」
そう言いながらも、鋼太郎の声はどこか遠く、言葉の端がかすれて聞こえた。
「じゃ、伊吹。また明日な?」
「あ、うん……また」
扉が閉まったあと、俺は奥歯を噛んだ。
——俺は……。
こんな風に、あいつに背を向けさせたかったわけじゃないのに……。
* * *
リビングに戻ると、そっとクローゼットの扉が開いた。
中から、藤吉が静かに姿を現す。さっきまでの涙の面影はないものの、どこか不安げな顔をしていた。
「……もう、鋼太郎くん、帰っちゃった?」
「うん……」
俺は短く答える。
藤吉はそのまま小さく息を吐いてから、そっと俺の顔を覗き込むようにして言った。
「なんか、二人で話してたよね?」
「まあ……いろいろな」
言葉を選ぶ余裕がなかった。
疲れていた。頭も、胸も、妙に重たかった。
「……伊吹くん、顔色……悪いよ?」
そう言って、藤吉が一歩近づいた。
その距離に、なぜだか胸がきゅっと痛んだ。
「ごめん、藤吉さん……今日は、もう……帰ってくれないかな?」
「……え?」
藤吉の声が、ほんの少しだけ揺れた。
でも、今は誰かと会話を続ける気力もなかった。
「鋼太郎と話したことは……あとでちゃんと話すから。だから……ごめん」
藤吉は数秒だけ黙っていたが、やがて、小さく頷いた。
「……うん。わかった」
そう言って、玄関の方へと歩き出す。
ドアの閉まる音が、思った以上に静かに響いた。
そのあと、俺は重たい体を引きずるようにベッドに向かった。
心と身体が、噛み合ってない感じがする。頭の中で、鋼太郎のあの笑顔と、藤吉の涙声が、交互にリフレインしていた。
……誰かのために、って言い訳して、自分が一番傷ついてるフリしてただけじゃないか——
そんな声が、どこか遠くから聞こえてくる。
そのとき、手元のスマホが光った。LIMEの通知。画面には「鹿嶋由依」の名前。
けれど、開く気にはなれなかった。
顔を下に向けたまま、俺は布団をかぶる。
しん、と静まった部屋の中に、またひとつ、静寂が落ちる。
だけど、それはただの静けさではなかった。
気づかないふりをしたまま、そのまま目を閉じたけれど——
——この沈黙が、嵐の前の静けさであることに、俺はまだ気づいていなかった。
* * *
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