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神崎メイド杯  作者: 神崎 月桂
作品一覧
7/17

06 女王と小鳥

「君は、誰のモノだ?」


 バッサリと切り落とされた茶褐色の髪が散らばった床に立つ人影と、その前で片膝をつき頭を下げるメイド服の少女。その髪はガタガタに短くなっていた。

 隠しきれない怒りと苛立ちを含んだ主人の低い声に少女がギュッと目を閉じる。


「……もうしわけ、ありません」


 震えないように力を入れた言葉とともに不揃いな茶褐色の髪が少女の可愛らしい顔を隠す。その痛々しい姿から目をそらすようにショートカットの黒髪が揺れた。


「感情的になりすぎました。行きましょう」

「はい」

 

 主人の口調と声音がいつものものに戻る。少女はキツく手を握りしめながら立ち上がると、愛銃を手に離れていく黒髪を追った。


 その背後では赤い液体とともに鉄の臭いが広がり、微かな呻き声が静かに消えた。



 ――――――それから二年。



「ごきげんよう」


 蝶が舞うような声とともにフワリと広がる制服のスカートが校門に花開く。

 歴史を感じる重厚なレンガ造りの校舎と、そこに集う女学生たち。偏差値が高いだけでなく財力も必要となる、お嬢様学校。

 よりとりどりの花たちが帰宅の途へと散っていく中、一際目立つ花があった。


「玲様よ!」

「いつ見ても麗しい」

「眼福ですわ」


 古来より国の財政に関わり、政治から財界にまで幅広い人脈と影響力を持つ綾小路家の末裔、綾小路(あやのこうじ) (れい)


 背中を流れる濡れ羽色の髪に、涼やかな漆黒の瞳。小さな顔に陶磁のような白い肌は深窓の令嬢を具現化したような姿で、全校生徒の憧れでもあった。

 その長い脚が一歩踏み出すだけで周囲が自然と道をあけていく。


「以前の短い髪も素敵でしたが、今の長い髪もお美しいですわ」

「どのようなお手入れをされているのでしょう? でも、お訊ねするのは恥ずかしいですし……」

「でしたら、いつも一緒にいる彼女に聞いてみません?」

「いつも玲様と行動を共にされてますが、そこまでご存知かしら?」


 そこにバタバタと慌ただしい足音とともに叫びに似た声がした。


「れ、玲様! お待ちください!」


 雀色とも呼ばれる茶褐色の髪を揺らしながら駆けてくる少女。ツンと摘まんだような小鼻の上に丸い大きな眼鏡があり、親しみやすい可愛らしい顔立ち。

 愛嬌のある雰囲気で、体も小柄なためクラスメイトからはマスコット的な扱いをされることが多い。


 少女の名は小鳥遊(たかなし) 小鳥(ことり)


 玲とは生まれた時からの付き合いだが、幼馴染というには微妙な関係でもあった。


 そんな小鳥がボブカットに切り揃えた髪をふわふわと羽のように広げ、今にも飛び立ちそうな勢いで走る。


「玲様! お帰りになられるなら、一声おかけください!」


 半泣き混じりの声に玲が上品に口元へ手をあてて微笑んだ。


「クラスの方と楽しそうにお話をされていて、邪魔をするのは忍びないと思いまして」


 その言葉に小鳥がぷぅと小さな頬を膨らます。


「絶対、ウソですよね?」


 眼鏡の下から睨んでくる茶色の瞳。クリッと丸く、どれだけ怒っても迫力がない。


「あら、小鳥がいけませんのよ? 私をほったらかして他の方と談笑をしているのですから」

「それは、クラス会の話で仕方なく……?」


 言葉を封じるように白い指先が小鳥の顎に触れ、小さな顔をクイッと持ち上げた。

 妖艶に微笑む美麗な顔が迫り、絶対的な雰囲気が漂う。


「あなたは、誰のモノですの?」


 一切の反論を許さない存在感と威圧。

 その一言に遠巻きに見ていた女生徒たちから一斉に黄色い歓声があがった。


「キャー!」

「玲様、素敵ぃぃぃ!」

「もっとしてぇぇ!」

「女王様ぁぁ!」


 まるでアイドルのコンサートか映画の応援上映のように盛り上がる女生徒たち。中には鞄からペンライトを取り出して振っている猛者まで。


 にっこりと微笑みを絶やさず、その容姿と性格から絶大な人気を誇り、生徒会長まで務めている。

 そこから玲についたあだ名は女王。


 だが、その渦中にいる小鳥はその空気に流されることなく、頬を膨らましたまま声を強くした。


「れ・い・さ・ま!」


 カゴの中で鳴き喚く鳥をなだめるように玲が優雅に声をかける。


「そんなに怒っていては可愛い顔が台無しですわよ。ほら、帰りましょう」


 他の女子生徒たちから羨望の眼差しを浴びたまま玲が歩き出す。


「ちょっ、おまちください!」


 小鳥は慌てて追いかけながら訊ねた。


「今日は生徒会の集会があったはずでは?」

「資料が揃いませんでしたので、明日に延期しましたの」

「それがわかった時点で教えてください。迎えの車の手配が間に合わないので」


 校門を出たところで小鳥がスマホを取り出して迎えの車の位置を確認する。


「たまには、こうして公共交通機関を使うのも社会勉強の一つとしてよろしいでしょう?」

「屁理屈ばっかり言わないでください」


 スマホから離れた茶色の目がジドッと玲を見つめる。その眼鏡に茶褐色の髪がかかった。


「だいぶん前髪が伸びてきましたね」

「そうですか?」


 小鳥がコテッと首を傾げる。単純で愛らしい仕草に先ほどまでの怒りは微塵も含まれていない。

 その切り替えの早さに玲はフフッと微笑みながら茶褐色の前髪に触れた。


「今日は小鳥の前髪を切りましょう」


 嬉しそうに揺れる黒髪に対して、小鳥がキリッと真剣な顔になる。


「玲様。私は玲様のメイドであり、玲様の身の回りのお世話をすることが仕事です」

「そうですね」

「なのに玲様は私の髪だけでなく爪まで切る始末。これでは、どちらがメイドか分かりません」

「あら、そのようなことはありませんわよ。それ以外のことは、小鳥は自分でしていますし、それに……」


 前髪に触れていた白い指が横へと流れ、そのまま愛おしそうに茶褐色の髪を一房すくいあげる。


「髪や爪であろうとも、私以外が君の体に刃を向けることは許さない」


 玲が低い声とともに手にした髪へ唇を落とした。

 その声と仕草に頬を赤くした小鳥がバッと離れる。


「で、ですから、往来では……」


 ――――――キィ!


 二人の会話を塞ぐように高級な黒塗りの車が激しい音をたてて急停車した。

 すぐにドアが開き、スーツ姿の三人組の男が素早く降りて二人を囲む。


「綾小路家のお嬢さんだけ一緒に来てほしいんだが」


 そこで玲を守るように前に出た小鳥が男たちに怯むことなく鋭く睨みながらも、素早く視線を走らせて退路を探す。

 その気配に男たちが逃がすまいとすぐに動ける体勢となる。小娘だからと甘く見るような相手ではない。


 その気配を感じとった玲が素早く小鳥に命じた。

 

お待ちなさい(ステイ)!」


 声に反応した小鳥が背筋を伸ばしピシッと凍ったように固まる。


「れい、さま?」


 男たちを刺激しないようにゆっくりと振り返る茶色の瞳。その色は困惑と動揺に染まっている。

 そんな小鳥に玲は眉尻をさげて微笑んだ。


「ここで怪我をするより彼らの指示に従いましょう」

「ですが……」

「この方たちはプロのようです。それなら、むやみに私を傷つけることはしないでしょう」


 小鳥が確認するように男たちへ視線を戻す。


「さすが綾小路家のご令嬢だ。よく分かっている」


 男の一人が玲の言葉を肯定する。

 そこで玲が一歩、前に出た。


「小鳥には一切、手を出さないこと。もし、少しでも傷つければ、私は即座に舌を噛み切ります」


 そう言ってチロリと赤い舌を見せる。

 強がっているわけでも、脅しているわけでもない。それを行うことが当然であるかのような表情と態度。


 そして、何よりも据わりきった黒い瞳。


 妖艶な美しさと同時に、底知れぬ不気味さが漂う。


 言葉にできない悪寒を払うように男たちが頷いた。


「荷物とスマホと位置情報が分かる端末を置いて車に乗れ。守らなければ友人の安全は保障しない」

「わかりましたわ」


 玲がスマホと鞄を小鳥に渡す。


「玲様……」

「あなたはメイドとしての仕事をまっとうしなさい」

「……かしこまりました」


 頭をさげた小鳥の前で長い黒髪が車の中へと消える。


 鼻につく排気ガスの臭いとエンジン音が遠くなったところで茶褐色の頭が動いた。


「万全の準備をして、お迎えにあがります」


 丸い眼鏡の下にある茶色の瞳が金色に輝いた。


~✠~✠~


 丁寧な扱いのまま玲が連れてこられたのは高層ビルの最上階だった。

 出入り口には必ずスーツを着た男が目を光らせており、厳重な警備と物々しい雰囲気が漂う。


 そんな重苦しい空気の中で、軽い男の声が響いた。


「よく来てくれた。座ってくれ」


 部屋の奥にある革張りのソファーに堂々と座った青年が一人。

 明るい茶髪と平均的な顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべ、シャツにスラックスというラフな格好をしている。


「あなたは、たしか……」


 経済界の社交界で顔を見た覚えはあるが、名前は憶えていない。その程度の存在だった。


古地(こち) 修也(しゅうや)だ」


 その名に聞き覚えがあった玲は即座に聞き返した。


「古地家の四男が私にどのようなご用件でしょうか?」


 黒髪を背中に払いながら悠然とソファーに腰をおろすと、不躾に眺めていた古地がフッと口角をあげた。


「二年前、目の上のたんこぶだった桐峰(きりみね)家が突如解散して、我が古地家が華々しく活躍しているのだが、そろそろ裏の世界だけでは手狭になってきてね。各方面に影響力を持つ綾小路家と強い繋がりがほしいんだ」

「それで、あのような強引な手で私をこちらに?」


 その言葉に古地が肩をすくめる。


「正面から君に会いたいと何度も申し出たんだが、すべて門前払いでね。こうでもしないと話ができなかったんだ」

「わかりました。では、状況を簡潔にまとめまして、あなたは私と政略結婚をしたい、ということでよろしいでしょうか?」


 玲の問いに明るい茶髪が満足そうに揺れる。


「話が早くて助かる。もちろん、そちらにも裏社会と強い繋がりを持てるというメリットはある。むしろ、表ばかりと繋がりを持つ綾小路家にとって、これからは必要なことだろう? それに綾小路家は君しか跡取りがいないから、俺が婿入りをする。破格の提案だろ?」


 古地の自信満々な話ぶりとは逆に玲は無言のまま俯いた。

 サラリと流れる黒髪が帳のように表情を隠し、現状を考えると憂いを帯びた薄幸の令嬢のようにも映る。

 そこに古地が逃げ道を塞ぐように迫った。


「拒否をしてもかまわないが、その場合は君の友人を含めて綾小路家がどうなるか……」


 ここで古地の尊大な勘違いを悟った玲は唇の端を上品にあげて微笑んだ。


「まったく、おめでたい頭ですのね。なぜ、二年前に突然、桐峰家が解散したのか。その裏にある事実さえも知らされていない程度の存在ですのに」

「どういうことだ?」


 ピシッ!


 透明だったガラスに蜘蛛の巣のような細かい放射線状の線が入り、護衛の一人が倒れた。そこからじわりと赤い液体が広がる。


「何が……うわっ!?」


 すぐに他の護衛が古地を引きずるようにソファーの裏へ引っ張り、覆いかぶさるように床へ伏せた。


「何が起きている!?」


 喚く古地に護衛が端的に説明する。


「撃たれました。動かないでください」

「なっ!? この周囲には射撃できる場所なんかないぞ!?」


 驚愕する声に玲がソファーに座ったまま悠然と答える。


「七百メートル先に綾小路家のビルがありましてよ?」

「なっ!? そんな場所から撃って当たるわけないだろ! そもそも、ここの窓は防弾ガラスなんだぞ! 弾丸が貫通するわけ……」


 パリン――――――


 ガラスが粉雪のように粉々になり、室内を強風が吹き抜けた。


 別の部屋から集まってきた護衛の男たちが素早くソファーや机の影に隠れ、インカムで連絡を取りながら、どこから狙撃者を探す。

 一方の玲は落ち着いたまま、窓があった方へ顔をむけて軽く口を動かした。


「ウッ!」

「ガハッ!?」


 盾にしているソファーやテーブルを貫き、次々と撃たれていく護衛たち。

 その光景に古地が叫ぶ。


「な、なんで隠れている位置が分かるんだ!?」


 そこに淡々と数字を読み上げる声が聞こえた。


「右35度、マホガニーテーブルの裏」

「グハッ!」

「左15度、レザーソファーの右脚の影」

「ガッ!」


 玲の声がする度に護衛の男が倒れていく。

 そのことに気づいた古地が怒鳴った。


「おまえが教えてっ!? いや、連絡手段はない……ヒッ!?」


 少し頭を動かしただけで、目の前を銃弾がかすめる。

 その様子を横目で見ながら玲が白い指で自分の唇に触れた。


「私の口の動きがわかれば十分ですのよ」


 そして、黒い瞳が慈愛を含んだ聖母のようにふわりと微笑んだ。


「鷹の目から逃れられると思いまして?」

「こんな話、聞いてないぞ!」


 その叫びに対して、長い黒髪がサラリと風になびき、ゆっくりと立ち上がった。


 悠然と足音を奏でながら古地が隠れているソファーへ近づいていく。


 妙な静寂の中で、撃たれた護衛の呻き声が古地の耳に酷くこびりついた。バクバクと鼓動が走り、嫌な汗が頬を伝う。


「なぜ、こんなことに……」


 呟きを消すようにフッと影がかかる。

 導かれるように顔をあげると、感情の読めない黒い瞳がニタリと弧を描いて上から覗き込んでいた。


「近づくな!」


 古地に覆いかぶさっていた男が膝立ちになり銃口を玲に向ける。


 そこに爆音とともに豪風が吹き込んできた。


「玲様!」


 ギリギリまで近づいてきたヘリコプターから少女が室内へ飛び込む。

 茶褐色の髪が羽のように巻き上がり、メイド服のスカートがバタバタと閃く。その右手には狙撃ライフルのL96。


 玲に向けられている銃口に気づくと同時に左手でスカートを跳ね上げ、サイホルスターからベレッタナノを抜いて発砲した。


 パンッ!


 護衛の銃が弾け、男の体が飛んだ。


「なっ……」


 絶句している古地に男を蹴り飛ばした玲がスッと顔を近づける。


「門前払いされている時点で気づくべきだったな」


 聞いたことがない男の低い声。

 慌てて周囲を見るが、他には誰もいない。


「今回のことについては、綾小路家から正式に抗議文を送る。逃げるなら、今のうちだ」


 先程と同じ低い声に古地の目が丸くなる。


「おまっ、男っ!?」


 あまりの衝撃に片言しか出ない。

 そこにメイド姿の小鳥が駆けてきた。


「玲様! ご無事ですか?」


 心配そうに見上げる眼鏡のない金色の瞳に玲が優しく手を伸ばす。


「私よりも小鳥ですわ。こんなところに来たら危ないでしょう?」

「私は玲様のモノですから。傷一つつけさせません」


 その答えに黒い髪が満足そうに揺れ、細い腰を引き寄せて耳元に口を近づけた。


「いい子だ」


 鼓膜を甘く震わす低い声に、小鳥の顔が一瞬で真っ赤になる。そのまま俯き、私はメイド、私は玲様のメイド、と己に言い聞かすように呟く。

 その様子に玲が困ったように軽く肩をすくめた。


「これだけアピールしているのにな」

「何か言われました?」


 顔をあげた小鳥に黒い瞳がいつもの微笑みを浮かべる。


「いえ、帰りましょう」


 その声と姿は美少女にしか見えず。

 こうして二人は何事もなかったように去っていき、その後、古地家の四男について語る者はいなかったという。

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