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神崎メイド杯  作者: 神崎 月桂
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04 三つ編みメイドは大鎌を振るう

 月明かりだけが照らす王城。その一部である円柱形の塔のてっぺんで、メイドのアガサは言った。


「あなたが吸血鬼だったのですね……ローランド様」


 アガサと同じく塔のてっぺんにいた男――ローランドは、クルリと振り返る。彼の青い瞳に、険しい顔をしたアガサの顔が映った。


 長い黒髪を一つの三つ編みに纏めたアガサ。黒いワンピース型のメイド服に白い前掛けを着けた彼女は、普段城で見かける分には普通のメイドに見える。

 しかし今は、その鋭い赤い瞳が、彼女の持つ大鎌が、彼女がただのメイドではないと物語っていた。


「やあ、アガサ。僕をこんな所に呼び出したと思ったら、いきなりとんでもない事を言うね」


 ローランドは、穏やかな笑みを浮かべたまま口を開く。アガサは、両手で大鎌をギュッと握りしめて叫んだ。


「ふざけるな! 最近貴族を次々と殺害している吸血鬼とは、あなたの事だろう、ローランド・ウィンストン!」


 ローランドは、公爵家の長男で現在ニ十歳。政治経済に明るく、非常に優秀な為、異例ともいえる若さで数々の公共事業の指揮を任されてきた。

 ローランドは王太子の親友でもある為、かなりの頻度で城を訪ねている。


「僕が吸血鬼? 僕の両親は普通の人間だよ?」

「親が普通の人間でも、突然変異を起こす可能性はあるし、吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼になるだろう!!」

「まあ、それはそうなんだけどね……」


 ローランドは、自身の短めの金髪に触れながら苦笑する。


「それに……あなたのシャツの汚れはなんだ、どう考えても血だろう!?」


 アガサに言われ、ローランドは自身の着崩した白いシャツに視線を落とす。確かに、よく見れば月明かりの中でもシャツが半分ほど汚れているのが分かる。アガサは嗅覚が鋭いから、血の匂いも分かったのだろう。


「うーん、この汚れの経緯についてはあまり言いたくなかったんだけどな……。認めるよ。僕は、吸血鬼だ」


 アガサは、ギリッと唇を嚙んだ。

先程、ある伯爵令嬢の遺体が近くの森で発見されたとの知らせがあった。聞けば、吸血鬼に噛まれた跡があるという。時間的に考えて、彼女を殺害したのはローランドだろう。


「……どうして、あなたなんだ!……どうして、私が倒すべき吸血鬼が、あなたなんだっ……!!」


 アガサは、普段はメイドとして働いているが、裏で政治犯や凶悪犯を殺害する仕事を請け負っている。女王直属の殺し屋であるアガサは、今まで自分の仕事に誇りを持ってきた。それが今、揺らぎ始めている。


「アガサ、君はどうするんだい? 僕の自惚(うぬぼ)れでなければ、君は僕を友人として慕ってくれている。僕を見逃してくれるかい?」

「そんなわけ……無いだろうっ!!」


アガサは、大鎌を構えてローランドの方に向かって駆け出した。風のような速さでローランドに近付いたアガサはローランドに向かって大鎌を振り下ろすが、ローランドはゆらりと(かわ)す。


「ねえ、アガサ。僕が無実だと言ったら、君は信じる?」

「そんなの信じられるかっ! 今まで何人も被害者が出てきたが、どの事件でも現場近くであなたが目撃されてるんだぞ!」


 アガサは、姿勢を低くすると下からブンと大鎌を振り上げる。しかし、それも躱したローランドは、ふわりとジャンプしてアガサと距離を取った。


「何故避けてばかりいる! 何故私に反撃しない!?」

「うーん、アガサって、そういう所鈍いよね」

「わけの分からない事を……言うんじゃないっ!!」


 アガサはなりふり構わずローランドに向けて大鎌を振るった。ローランドは、困ったような笑みを浮かべながら、右へ左へと攻撃を避ける。

 もうアガサは、自分が何をしているのか分からなくなっていた。目に涙が浮かぶ。


       ◆ ◆ ◆


 アガサは、愛想が無く地味な為、よく先輩メイドから虐められていた。先輩メイドに足を踏まれ、「あら、ごめんなさい?」とクスクス笑われるのなど、日常茶飯事だった。

 そんな些事に暗殺の技術を使うわけにもいかずやり過ごしていたが、アガサの心は確実に疲弊していった。


 そんなある日、王城の廊下で大量の洗濯物を運んでいるアガサに声を掛けてくれたのが美しい顔の貴族――ローランドだった。


「君、すごい量の洗濯物だね。僕が半分持つよ」

「えっ……貴族の方に手伝って頂くわけには……」

「いいんだよ。僕が見ていられなかっただけだから。君、以前から他のメイドに足を引っかけられたり服を汚されたりしてたでしょう? 表立って僕が庇うとまたややこしい事になりそうだけど、これくらい手伝わせてよ」


 アガサは目を見開いた、メイドの顔など覚えていない貴族が多い中、アガサの事を見てくれていたんだ。しかも、手伝ってくれるという。

 アガサの心が温かくなった。世界が色付いた気がした。


 それから、アガサとローランドはよく話すようになった。ローランドの笑顔を見るたびに、アガサの心臓は早鐘を打った。

 ローランドと話す時間はかけがえのないものだった。それが、こんな事になるなんて……。


       ◆ ◆ ◆


「アガサ、考え事をしている暇なんてあるのかい?」


 ローランドの言葉が耳に入り、アガサはハッとなった。そうだ、今は戦闘中だ。再びローランドに向って大鎌を振り下ろそうとしたが、ローランドがアガサの足を引っかける。


「あっ……!!」


 アガサはバランスを崩し、その場に倒れかけた。そんなアガサを、ローランドは前から優しく抱きとめる。アガサの手から離れた大鎌が、カランカランと音を立てて地面に転がった。


「……放せっ、私はあなたを……倒さなくてはいけないんだ!」


 ローランドの逞しい腕に包まれながら、アガサは必死にもがいた。しかし、ローランドの力に適うはずも無く、アガサはただもぞもぞと彼の腕の中で動く事しか出来なかった。


「ねえ、アガサ……僕は、本当に無実なんだ。信じてくれ」

「でも、シャツが……!」

「君と同じだよ」

「……え?」

「確かに僕は吸血鬼だ。突然変異が起こったんだ。……でも、僕は人を殺していない。殺害現場にいたのは、女王陛下直々に頼まれて事件を調査していたからなんだ」


 アガサは目を見開いた。ローランドも自分と同様、事件について調査していたというのか。確かにローランドは賢く、信頼できる性格だ。吸血鬼だから戦闘能力も人間をはるかに超えるだろう。しかし、本当にそれを信じていいのか……。


「シャツに血が付いたのだって、憲兵が来る前に遺体を検分したかったからなんだ。憲兵には、遺体に残った犯人の匂いを嗅ぎ取るなんて出来ないから……」

「……しかし、だったら何故女王陛下はあなたの正体を私に隠していたんだ? 私とあなたが協力した方が早く犯人が見つかるだろう?」

「それは……僕が女王陛下に頼んだんだ。僕の正体をアガサに言わないでほしいと」

「どうして……」


 ローランドは、アガサをギュッと抱き締めながら叫んだ。


「僕が吸血鬼だと知ったら、君が僕から離れるんじゃないかと思った! 君に気持ち悪がられるんじゃないかと思った! それだけは……それだけは、嫌だった!!」


 アガサは、ローランドの腕の中で目を見開いた。ローランドの体温がシャツ越しに伝わってくる。彼の心臓の音が聞こえる。

 ローランドの言葉は嘘じゃない。信じられる。アガサは全身で、ローランドの熱を感じていた。


「アガサ。僕はもう犯人の目星がついている。一緒に捕まえに行かないか」


 ローランドに問われ、アガサは戸惑ったような顔で言った。


「……私は、犯人を捕まえるよう言われたんじゃない。私は、犯人を処刑するよう女王陛下に言われたんだ。私が人の命を奪う所を、あなたに見られたくない……」

「そう? 僕は、どんな君だって愛おしいと思うけど……。君がそう言うなら、僕は犯人のいる所に案内するだけにしようか」


 アガサは、やっとローランドの腕から解放された。これから人間を次々に殺害している凶悪犯、しかも吸血鬼を処刑しに行くというのに、ローランドは甘い瞳でアガサを見つめる。


「……じゃあ、行こうか、アガサ」

「……はい、ローランド様」


 アガサも、潤んだ瞳でローランドを見つめた。


       ◆ ◆ ◆


 それから三か月後。首都にある立派な屋敷の食堂で、ローランドは新聞を読んでいた。


「ローランド様、何か面白い記事がございましたか?」


 そう言ってコーヒーの入った二人分のカップをテーブルに置くのはアガサ。今アガサは黒髪をアップにしていて、青いワンピースを着ている。

 朝陽に目を細めながら、ローランドは答える。


「いや、大した記事は無いよ。相変わらず、吸血鬼に関する憶測を垂れ流しているけれど」


 アガサが秘密裏に連続殺人を行っていた吸血鬼を処刑してから、パッタリと吸血鬼による被害が無くなった。

 そして新聞は、吸血鬼は死んだのではないか、いや、異国に移動して犯行を続けているのではないかと様々な憶測を記事にしていた。


「女王陛下が真実を隠すのも分かります。なにせ吸血鬼の正体は、女王陛下の親戚筋の青年だったのですから」


 アガサが、ローランドの向かいに座りながら言う。女王の親戚が連続殺人の犯人となれば、女王の座が危うくなる可能性もある。それで女王は、真実を闇に葬る事にしたのだ。


「まあ、苦労して遺体を処理した甲斐があったよね。おかげで、僕とアガサの結婚が早々に認められたんだから」


 ローランドが、コーヒーを一口飲んで言う。

 女王は、今回のアガサとローランドの仕事ぶりを評価し、身分差のある二人の結婚を許可したのだ。変な横やりが入らないよう、二人は許可が出てすぐ結婚。女王から与えられたこの屋敷で、二人は新婚生活を満喫していた。


「アガサ、こっちにおいで」


 ローランドに呼ばれ、アガサはローランドの側に立つ。ローランドはアガサの腰を持つと、彼女を自身の膝の上に乗せた。


「……今は二人きりとはいえ、恥ずかしいですね」

「いいじゃないか。僕は嬉しいんだ。まさか、君と結婚できるなんで思ってなかったからね」



 ローランドは、ずっと前からアガサに惹かれていた。初めて言葉を交わす前から、先輩メイドに虐められても真面目に仕事を続けるアガサを遠くから見つめていた。

 彼女と話すようになって、彼女の真面目さ、誠実さを改めて感じ、ますます惚れた。たまに彼女が見せる笑顔にときめいた。女王からアガサの正体が殺し屋だと知らされた時は驚いたが、それでもローランドの気持ちは変わらなかった。



「……愛してるよ、アガサ」


 ローランドの言葉に、アガサも笑顔で応える。


「私も愛しております、ローランド様」


 しばらくお互いを見つめ合った後、アガサとローランドは唇を重ねた。

 風変わりなこの夫婦は、これからも甘い日々を過ごしていく。

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