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第8話 「当たり前よ。覚えている」

 しばらくして過去の俺たちは立ち上がってまた歩き出した。俺たちもそれに合わせてベンチから立って歩き出す。当時、二人とも帰るのが惜しくて、なかなか離れられなかったのだ。並んで歩いている過去の自分たちを見て、ようやくこの先の展開がどんなものだったのかを思い浮かべた。この辺りの記憶は幸い抜け落ちてはいなかった。


 園内にある時計を見ると時刻は午後十七時を迎えようとしているところだった。過去の自分たちを追って歩き続けていると少し離れたところで人集りが見えた。その中心には大きな竹が一本置かれている。この日は七夕だ。何人もの人が願い事をしようとしてちょっとした行列ができている。並んでいる人たちは順番に竹の近くに設置された長机で短冊に願いを書いている。願いを書き終わった人たちは短冊を竹に吊り下げていた。俺と美玲はその人集りからやや離れた辺りで足を止めた。過去の自分たちが短冊に願いを書こうと列に並んだからだ。


「あの時ここで願い事を一緒に書いたよね。これはずっと覚えてた」

 隣に立っている美玲が懐かしむように言った。彼女は向こう側にいる過去の自分たちに目を向けている。

「そうだな。俺もずっと覚えてた」

 過去の俺たちは並んで待っている最中も楽しそうに話していた。今の俺にとってはその様子さえもきらきらと輝いているようだった。


 程なくして過去の自分たちの番になった。俺たちは迷いなくペンで短冊に願い事を書いていく。その様子を眺めているとあの時あの場所で俺と美玲が書いた願い事が頭の中に浮かび上がってきた。俺は美玲にこう問いかけた。

「なあ、俺たちがあそこでなんて書いたか覚えているか?」


 過去の自分たちを眺めていた美玲がこちらを向いて答えた。

「当たり前よ。覚えている。自分が書いたことも、健太が書いたことも」

 俺は美玲の目を見つめた。その目にはやはり複雑な心境が見え隠れしていた。彼女の中で自分たちの過去とこれからをどうしたらいいのかわからないという具合の目だった。俺もどうしたら良いのかがわからない。美玲に振られた俺はこの先どうしたら良いのだろうか。わからないから俺は目線を過去の俺たちの方に逸らしてしまった。


 逸らした先では丁度、過去の俺たちがペンをテーブルに置くところだった。

「どうやら、書き終わったみたいだ」

 短冊に願い事を書き終えた過去の俺たちは、お互いの短冊を見せ合って明るい表情になる。その足で過去の俺たちは竹に短冊を吊り下げた。二人は少しの間、竹を見つめていた。すると横にいる美玲が俺と同じ方向を見ながらこう言った。

「健太が書いたのは、好きな人を幸せにできますようにだったよね」


 その通りだった。俺は頷くことで合っていることを伝えた。

「美玲が書いたのは、好きな人とずっと一緒にいられますようにだったよな」

「……合ってるわ」


 短冊を書いて見せ合った時、俺と美玲は惹かれ合っていると自覚した。それと同じく美玲もここで、自分たちは好き合っていることに気がついたと後に言っていた。お互いがお互いを好き合っていることの根拠は二人とも持っていなかったはずだが、どうしてかそう思った。この日から俺たちは月一の頻度でデートをするようになった。この日の後、九月くらいに有った三度目のデート中、その様子をたまたま見た大学の同期がいたらしかった。それがきっかけで俺の周囲では噂になっていたと後から聞いた。その頃になると正式に付き合い始めるのは時間の問題だろうとも言われていたらしかった。


 そうこう思い出しているうちに過去の俺たちがこちらの方を向いた。離れたところからではあるが目が合ってしまった。幸い変装は解いてなかったので、多分大丈夫だろう。過去の俺が先に会釈をした。それに続いて過去の美玲も会釈をする。俺は手を振って返事をした。美玲も俺に続いて手を振った。俺は最後にガッツポーズをした。過去の俺たちは改めてお辞儀をすると、反対側を向いて歩き出して行った。


 当時の俺たちはこの後もう少しだけ歩いた。それから辺りが暗くなってきたからということで解散となった。当時の俺は解散となっても美玲と離れるのが惜しかった。俺たちの初デートはそうして幕を閉じたのだった。


「ひとまず、ときの駅に戻ろっか」

 美玲がどんどん離れていく過去の自分たちを見つめながらこう言った。

「俺も同じこと考えてた」

 俺たちもまた帰ることにして公園の外へと向かい始めた。



 ときの駅に向かっている途中で俺たちは例の並木道を通った。ここで会った女性のことをまたしても思い出す。あの人は、今俺の横にいる美玲だったのだろうか。悩んでいても仕方がないと判断して俺は思い切って直接聞くことにした。

「なあ美玲。昨晩、うーん、と言っても説明が難しいな。二〇二四年の十一月十二日、午前零時くらいにこの並木道を通ったか?」


 すると美玲はきょとんとした。それから訳がわからないという具合でこう返された。

「いいや通ってない。それにその時間帯にはときの駅に着いて二〇二三年五月十一日行きの列車を待っていたわ。どうしてそんなことを聞くの?」

「いや、美玲がよく着ている緑色のコートと同じ物を着ていた女性とすれ違いざまにぶつかってさ。それでその人が落としたっぽい時間鉄道の切符を拾ったんだ。その切符を女性に届けようと後を追ったらときの駅にたどり着いて、成り行きで二〇二三年五月十一日に時間移動してた」


 美玲は俺の話を聞くなりようやく納得したようだった。

「なるほどそういうことね。ようやく大体の状況が読めた」

「そういうことってどういうことだよ」

 こう聞くと美玲は答えに詰まったようだった。やや間が有ってからこう答えた。

「あまり、君には教えたくない。教えたらきっと健太は辛い思いをする」


 俺は立ち止まった。美玲も立ち止まる。教えたくない。教えたら俺が辛い思いをするとはどういうことだ。だが、今はそれらの疑問への答えを美玲は教えてくれなさそうだった。俺はこう言った。

「わかった。今はこれ以上聞かない。でも、いつか、いつかわかる日はくるんだよな」


「そうかもね。でも、また言うけど知らない方が良いことだってあるよ」

 こう言うと美玲は俺に背を向けた。それ以上は聞くなとでも言いたげだった。知らない方が良いとはどういうことだろうか。俺の思考を断ち切るように美玲は俺の方に向き直った。


「ねえ、私たちの時間に帰る前にもう一回だけ過去を見ていかない?」

「見るって今度はいつに行くんだ?」

「二〇二三年十一月十一日。この年の文化祭の初日よ。ここまで来たら、その時間も見に行かない訳には行かないでしょ」

 俺はそれで彼女が言いたいことがわかった。

「オッケー。確かにここまで見たなら、行かない訳には行かないな。じゃあ、そうと決まれば行こう」

 そう返事をすると美玲は早足でときの駅の方へと再び歩き出した。俺はまだ立ち止まって彼女の様子を少し眺めた。


 早足で並木道を歩く彼女の姿を目に焼き付けたかったからだ。俺には、彼女に対する未練があるらしい。この先どうしたら良いのかは全くわからない、でも、できたら美玲とは、仲直りをした後でやり直したいと思った。

 美玲は俺がついてきてないことに気づいたらしく、こちらの方を振り向いた。

「早くおいで! 置いていくよ!」

「待ってくれ!」

 俺は急いで彼女の後を追った。


 次の行き先は二〇二三年十一月十一日。俺たちの大学の文化祭の初日。俺と美玲が五月の授業で出会ってから半年が経った日でもあり、彼女から告白されて正式に交際を始めた日である。


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