第19話 「ここから先は話すのに勇気がいる」
「お待たせしました! 醬油ラーメンと塩ラーメンです!」
樹がマンションの一室に未来の自分たちが入っていくところまでの話が終わったところだった。店員さんが大きな声を出しながら頼んでいたラーメン二つを持ってきてくれた。時計を見るといつの間にか二十分近く経っていたらしい。
二つのラーメンがテーブルの上に置かれる。樹は疲れた様子でこう言った。
「話し疲れた。ひとまず、このラーメンを食べさせてくれ」
俺も聞いていて疲れてしまっていた。頷いて返事をする。
「ああ、俺も聞き疲れた。俺もこれを食べる」
「そうだな。まずは、このラーメンを麺が伸びる前に食べてしまおう」
俺と樹はテーブルに予め置かれている割り箸の束から、一本ずつ取り出す。割り箸を割ってそれぞれ「いただきます」と言う。
俺が頼んだ醬油ラーメンは至ってシンプルな内容だった。黄金色のスープ、黄色い麺、メンマにチャーシュー、ネギ。それら一つ一つが輝いて見えて食欲を掻き立てる。醬油ラーメンはこういうシンプルイズベストな見た目の方が俺は好きだ。
俺は割り箸で麺を掬う。そうしたことで一気に湯気が立った。これはかなり熱そうだ。俺はできるだけ息を吐いて熱々であろう麺を冷ました。程よく冷めてきたであろうところで遂に麺を口に運んだ。まだ少し熱かった。だが、麺がもちもちで食感が楽しい。麺に絡みついていたスープの味も感じられて、このラーメンの魅力が倍増している。杯と共に渡されたレンゲでスープを掬って飲んだ。スープの方はかなり熱い。でも、鶏がらの出汁と醤油味が効いていて良い感じだ。麺を食べてスープを飲むのを交互に何回か繰り返した。
この店はシンプルなラーメンを徹底的に極めていると見た。他の具材にも手を付ける。メンマもチャーシューも硬過ぎず柔らか過ぎずで丁度良い。いつの間にか麺と具材を食べ尽くし、残ったスープを一気に飲み干した。空になったラーメン鉢をテーブルに置く。完食である。
「ごちそうさまでした」
「早いな」
そう言う樹はまだ食べている途中だった。
「美味しくてついつい早く食べてしまった」
「そうか。この店は気に入ったのか?」
「ああ、気に入ったよ」
「それならよかった」
樹はそれからしばらく食べ続けて完食した。食べ終わった樹はこう言った。
「確かにここは良いラーメン屋だな。俺も気に入ったよ」
俺たちはラーメンを食べ終えてしまったので店を出た。辺りは既に暗い。話の続きができそうな場所を二人で探す。五分くらい歩いて誰もいない公園を見つけた。街灯が二つあるが薄暗い。かと言って他に良い場所が思いつかなかったので、この公園で話の続きをすることにした。それが決まると樹はブランコに乗った。俺もそれに合わせて隣のブランコに乗る。樹はゆるゆると漕ぎ出した。俺はそのままである。
「それで、話の続きは?」
俺が樹にこう言うと彼はブランコを漕ぎ続けたままこう答えた。
「お前のことを思うとここから先は話すのに勇気がいる内容なんだ。今、その勇気を貯めているところだからもうちょっと待っていてくれ」
「……わかった」
公園の真ん中に置かれていた時計を見ると時刻は午後十八時半になろうとしているところだった。樹はそれから五分くらいずっとブランコを漕いでいた。迷いを振り払うようにただひたすらに漕いでいた。俺はそれを眺めているだけだった。ようやく漕ぐのを止めると彼は俺の方を向いた。
「多分、ここから話すことがお前にとって大事な事になる。改めて聞くが、この話を聞く覚悟はあるな?」
俺は一瞬迷った。目線が下を向く。だが、迷っていても仕方がない。俺は樹の方に目を合わせた。
「ああ、どんな話だろうと聞いてやる」
「……オッケー。じゃあ、続きを話そう」
樹は一回深呼吸をすると先程の続きを話し始めた。
マンションの一室に入って行った未来の自分たちを樹は一時間以上外で待っていた。とにかく何もない上に状況もわからないので暇だったそうだが、退屈とは思わなかったそうだ。変装で身に付けていたカツラやサングラスはめんどくさくなって外していたという。待ち続けていると玄関が開いた。双眼鏡で確認すると中から未来の自分たちが出てきた。未来の二人はすぐに一階のエントランスの方へ向かったようだった。
彼はすぐにマンションの出入り口へ向かった。するとここで予想外の事態が起きた。樹自身が急いで出入り口の方に向かったせいか、遂に未来の自分たちと顔を合わせてしまった。最初に樹だと気づいたのは未来の紗奈さんだった。
「樹が二人いるわ! どういうこと!?」
混乱した紗奈さんはこんなことを言ったという。待っている間に変装用の道具を外していたせいで普段通りの樹の顔になっていたらしい。未来の樹は至って冷静だったそうだ。「そうか、本当に来たんだな」と過去の自分を受け止めてくれたそうだ。
樹の話によると時間鉄道は乗車して未来に向かった場合、未来の自分にタイムトラベルした記憶は反映されないそうだ。時間移動して違う時間に干渉した時点で分岐が発生しているからだそうだ。未来の樹はかつての自分が未来を見たいと強く願ったことと都市伝説を聞かされたこととを覚えていたようだった。だから、そこまで驚かずに済んだという。
状況を飲み込んだ未来の紗奈さんと樹はひとまず場所を変えようと提案してきたという。樹はそれに応じて三人で移動した。近くにあった公園に着いた三人はそこに設置されていたテーブルとベンチに腰掛けた。場所を変えて落ち着いたところで未来の二人は困ったという。自分たちの状況をどう話せば良いかということだった。樹は二人が幸せそうな様子は既に見たと未来の自分たちに告げた。それから、さっきまで訪ねていた家は一体誰の家で、中で何をしていたのかが気になるとも言ったそうだ。未来の二人は尚更困ったようだった。
未来の二人曰く、今自分たちが抱えている問題は自分たちのことではなく、さっきまで訪ねていた家の住人の状況だという。ついでに自分たちは上手くいっていると告げられたそうだ。それから未来の二人は二〇二四年から来た樹にその状況を明かすかどうかを悩んだ。十分以上二人で悩んだ末に未来の二人は、明かさないことで逆に数年間気にされるままよりはと判断して、状況を明かしてくれたという。