第18話 「満足して帰るべきだった」
樹は最初、こんな所に駅になんて有っただろうかと思ったという。駅名を見た時に前に本島先輩が話していた都市伝説を思い出して酔いが完全に覚めたそうだ。
彼は先輩から聞いた話を頼りに券売機を探した。それはすぐに見つかって彼は切符を発券しようとした。行き先は今から四年後の二〇二八年。月と日時は適当に十二月二十四日午前九時に設定した。
クリスマスイブの様子を見れば、未来の自分たちが幸せかどうかくらいはわかるだろうという狙いだった。彼は意を決して発券ボタンをタップした。すぐに切符が発券され、噂通り駅員らしき紺色の制服を着た男に切符を渡すと彼は二番線のホームに通された。
程なくして二〇二八年十二月二十四日午前九時行きの特急列車がやって来て、彼はそれに乗車した。乗り込んだ後、車窓から見える時間が目まぐるしく進んでいく奇妙な景色に呆気に取られたそうだ。
席に座って景色を眺めていると車掌がやってきた。初めは駅員と同じ顔と恰好をしていたので驚いたそうだが、車掌からの説明を受けて一応は納得したという。車掌は時間鉄道についての説明した後、樹に対して到着した先の未来で何をしたいのかを聞いてきた。彼は包み隠さず自分の時間移動の目的を告げた。すると車掌はそれを了承して、変装用の衣服や双眼鏡、無記名ICカードなどを貸してくれた上、彼の所持金を未来で出回っている二〇二四年発行の新紙幣に両替までしてくれたそうだ。また、未来の自分がどこに住んでいるのかまでは教えてくれたという。
車掌は「住んでいる場所以上のことは自分の口から言えない」と言っていたそうだが、樹はそれでも有り難かったという。
列車が目的の二〇二八年十二月二十四日午前九時に到着して樹は列車を降りた。念のため、アフロのカツラにサングラスという変装をしたという。
未来の景色は現在の景色と然程変わりはなかったそうだ。彼は迷わず二〇二八年の自宅に向かうことにした。車掌から貰った未来の自宅までの案内図を頼りに歩くこと三十分。
未来の自宅が見つかった。そこは賃貸マンションだった。部屋番号は教えてもらっているが、直接玄関前まで行けば未来の自分たちが混乱してしまうだろうと樹は考えた。結局、中には入れないと判断した彼は未来の自分が出てくるのを待ってみることにした。幸い、そんなに待たずに未来の自分がマンションから出てきた。
隣には紗奈さんがいたという。二人とも笑顔で何かを話していたようで、よく見ると二人の左手薬指には指輪が嵌っていたそうだ。
樹は幸せそうな自分自身と紗奈さんを見ることができてほっとしたという。彼は目的を達成したが、一応追いかけて未来の自分たちの様子を少しの間観察することにした。
「よく追いかけようと思ったな。俺だったら、そこで満足して帰るぞ」
話を一旦止めて水を飲む樹に向かって俺はこう言った。頼んだラーメンはまだ来ない。彼はコップを置くと、後悔しているような表情を浮かべた。
「その通りだ。その時点で満足して帰るべきだった。だが、せっかくだからという欲が出ちゃったんだよなあ。それに加えてどうしてもその後を見なきゃいけないような気がしたんだ。今となっては、それがまずかった……」
「そんな幸せそうな様子の後で一体何が起きたんだ?」
「それは……」
樹は話を再開した。
未来の自分たちを追いかけることにした樹はうまく隠れながら自分たちの様子を観察した。未来の自分たちが最初に行ったのは自宅マンションからそれほど離れていない大きな公園だった。
園内はクリスマスムードでクリスマスツリーなどの煌びやかな装飾がなされていたという。未来の二人はそこで楽しそうに散歩をした。一時間くらいかけてゆっくり歩いていたという。
それが終わると二人はカフェに行った。窓際のテーブル席に二人は座ったので、樹は中には入らず外から観察をすることにした。観察をしていると未来の自分たちは、何かを注文する時も届いた食べ物を食べている時もずっと幸せそうだったという。
それから未来の自分たちは現在でも有名なケーキ店に入って行った。どうにかして様子を伺うと未来の自分たちはどうやらカットされたケーキを三つ程頼んだという。
樹は、未来の自分たちは家で食べるクリスマスケーキを買っているのだろうと思い、二人が店を出たタイミングで観察を止めて二〇二四年に戻ろうと考えていたそうだ。だが、支払いを終えて店を出た未来の自分たちの様子は、先程までの幸せそうな表情から一転して、少し沈んだ表情をしていたという。それで樹は気になってしまった。未来の自分たちがどうして急に表情が暗くなったのか。
予定を急遽変えて追いかけるのを続行することにした。
未来の二人はその足で駅に向かった。二人は改札を通った。樹は慌てて借りていたICカードに車掌に両替してもらったお金をチャージして改札を通った。
ホームに出て二人を探すと未来の二人は向かいのホームで電車を待っていた。樹は急いで向かいのホームまで移動して、未来の自分たちから遠すぎず近すぎずの距離で同じ電車を待った。ホームで電車を待つ未来の二人の表情は曇ったままだった。
未来の二人は途中で何かを話していたようだったが、距離と周りの環境音のせいで何を話しているのかは聞き取れなかったそうだ。そうこうしている内に各駅停車の電車がやってきた。未来の二人はすぐに乗った。
樹も自分たちと同じ車両の少し離れたドアから乗車した。遠目で見る限り未来の二人は車内では何も話さなかったそうだ。
未来の二人は乗った駅から三つ先の駅で電車を降りた。樹もそれに続いた。未来の自分たちは改札を通ってまっすぐ出口まで出た。
樹は未来の自分たちはこの駅を使うことに慣れていると感じたそうだ。そこからまた十分くらい歩いて二人は賃貸マンションの前で立ち止まった。二人は何かの会話を交わしてから中へと入っていった。どうやら誰かの家を訪ねているらしいと踏んだ樹は双眼鏡を取り出してマンションの廊下を見た。
未来の二人はどこかと探したがすぐに見つかった。二人して誰かの部屋へと入っていくところだった。持っていた双眼鏡ではその部屋の中の様子や住人の顔、表札の文字までは見えなかったという。樹は未来の二人がその部屋に来た何らかの目的を果たして出てくるの待つことにした。