第15話 「タイムトラベルして見てきたんでしょ!」
紗奈さんはその場で膝から崩れ落ちた。「ごめんなさい。ごめんなさい」と美玲に対する謝罪の言葉を泣きながら言い続けていた。美玲はどうしたらいいのかわからないという様子だった。俺はどういうことかさっぱりわからなかった。
未来の美玲に会ったという言葉を聞いて俺は急に深夜の並木道で時間鉄道の切符を落としたのは現在よりも先の、未来の美玲だったのではないかと今更ながらに思い至った。
「もしかして、未来の美玲は緑色のコートを着ていましたか?」
俺がこう訊ねると紗奈さんは顔を上げて頷いた。
「そうよ。美玲ちゃんがよく着ている物と多分同じ物だと思う。一昨日の夜に会ったの。夜の十時から十一時の間だったと思う。話を聞くと健太くんを待っていたみたい。それで、話の流れで未来の美玲ちゃんの事情を聞いてしまった。ああ、健太くんにも謝らないと。私のせいで本当にごめんなさい……」
私のせいとはどういうことだ。紗奈さんは一体何にここまで追い詰められてしまったというのだろうか。未来の美玲の事情ってなんだ。ここで今まで黙っていた樹がようやく動いた。
「落ち着いて紗奈。まずは落ち着くんだ。きっと紗奈のせいじゃない」
すると紗奈さんはようやく樹のことに気づいたようで表情が一気に険しくなった。
「たっちゃん! 私を探さないでって言ったでしょ! それにあなた、タイムトラベルして見てきたんでしょ! 私とたっちゃんの未来を! そこで成り行きで知ってしまったんでしょ! 未来で美玲ちゃんと健太くんが……」
「それ以上は言わないでください! その事は健太に伝えたくない!」
美玲が、紗奈さんが肝心なところを言いかけたところで話を遮ってしまった。俺はさらに混乱した。樹がタイムトラベルしただって。そこで樹は何を知ったんだ。それからどうして美玲はその樹が知ってしまったことを俺に知られたくないんだ。
余計に訳がわからなくなる。樹は痛いところつかれた様子で動揺しているようだった。遮られても尚、紗奈さんは話を続ける。
「たっちゃんがタイムトラベルしたのをきっかけに、美玲ちゃんと健太くんの現在が大きく変わってしまった! たっちゃんをタイムトラベルさせて未来を確かめさせるまで追い詰めたのは私よ! 私が全て悪いの! 私さえ大丈夫だったらこんなことにはならなかった! ごめんなさい……」
ますます状況が呑み込めない。樹はようやく落ち着きを取り戻したのかしゃがみ込んで泣き続けている紗奈さんのことを抱きしめた。それから俺と美玲に向かってこう言った。
「二人には悪いが、ここからは二人で話したい。……いいかな?」
俺はそれに従うことにした。
「わかった」
頷いて樹の願いを了承する。一階に戻るべく反対の方を向いて歩き出した。すると美玲も「そうね。後はお願い」と言い残して俺の方についてきた。
二人で一階に下りると紗奈さんのお母さんが心配そうにしていた。美玲は、紗奈さんのお母さんに対して「多分、大丈夫だろうと思います」と言ってひとまず落ち着かせた。一方で俺は頭の中は何がなんだかという状態になっていて周りの様子に全然構っていられなかった。気がつけば、美玲についていく形で応接間に戻っていた。
「健太、健太」
美玲にこう言われてはっと我に帰る。慌てて美玲の方を向く。
「ひとまず座ろう?」
そう言われて俺は応接間に有ったちゃぶ台に腰掛けた。美玲もそれに続いて、向かい合うように腰掛けた。二人でちゃぶ台を囲む。俺は美玲に何と言えば良いのかわからなかった。一体、俺の身の回りを巡って何が起きているのかわからなくて頭がこんがらがって来た。
美玲はおでこに手を当てて何かを考えていた。少ししてから紗奈さんのお母さんがやってきた。
「あの、もし良かったらこれを食べて」
手にはお菓子が沢山乗ったお皿を持っていた。美玲が紗奈さんのお母さんに応じた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
俺もそれに続く。
「こんなに沢山ありがとうございます。ありがたく頂きます」
「良いのよ、これくらい。落ち着かないとは思うけど、お菓子でも食べて少しは落ち着いてね」
そう言って紗奈さんのお母さんは応接間を後にした。この場でどうして良いのかわからないのは、紗奈さんのお母さんもきっと同じだ。紗奈さんが理由も告げずに戻ってきて大変だろうとは思う。それでも、こうやって紗奈さんが心配でやってきた俺や美玲のことも気にかけてくれたのはとてもありがたかった。
「食べるか」
俺は出されたお菓子の数々に手をつけた。
「私も」
そう言って美玲も手を付けた。はじめに小さいチョコをお互いに食べ終えて次のお菓子に手を伸ばそうとしたところで美玲が言った。
「多分だけど、紗奈さんの言う通りよ。あなたに時間鉄道の切符を拾わせたのは、未来の私」
俺の手が止まる。手を引っ込めて俺は彼女にこう聞いた。
「多分って、どういう事だよ?」
「だって、紗奈さんが言っていた一昨日の夜に私は未来の私の姿を見ていないもの。確実にそうとは言えない」
「そう言われるとそうだな。見てないものは見たとは言えないよな。仮にそうだとすると俺は未来の美玲を一昨日、二〇二四年十一月十二日午前零時頃とその三十分後くらいの二回見ている。一回目は通りすがりでぶつかって、未来のあなたが持っていた切符を拾った。二回目は二〇二三年から戻ってきたタイミングで時間鉄道に入れ違いで乗っていくところを見た」
「なるほどね。きっと未来の私は、目的を果たして自分の時間線へ戻ったのね」
「なあ、ふと思ったんだが未来と言ってもいつなんだ? 未来の美玲はいつの美玲なんだ?」
「二〇二八年よ」
「二〇二八年……」
今から四年後。四年後に一体何が有ったんだ。
「なあ、その未来で一体何が有ったんだ? この際だから聞くが、どうして教えてくれないんだ?」
すると美玲は頭を抱えた。悩んでいるようだった。彼女は一体何に悩んでいるのだろうか。やや間が空いて彼女はようやくこう返した。
「私は、未来で何が起きたのかを知っているけれども、私の口から明かすのが辛い。現在の君に未来の出来事を私が教えて、君がどう思うのかが心配。だから、私の口からは明かせない」
「……そうだったのか」
少しだけ美玲の考えていることがわかった。美玲は、俺に未来で起きた何かしらの出来事を明かして、俺が傷ついたり悩んだりする姿を見るのが嫌なんだ。俺は美玲の目を見た。
「俺のことを気遣ってくれてたんだな。ありがとう」
彼女は少しだけ俺と目を合わせるとまた目を逸らした。返事は何も無かった。それが今は丁度良かった。
しばらく二人で無言でお菓子を食べていると、樹が部屋に入ってきた。先程よりも疲れ切った様子だった。樹はちゃぶ台の前に座り込むと俺と美玲に向かって話し始めた。
「一通り話したら、最後紗奈は眠ってしまった。話を聞くとだいぶ思い詰めていたようだった。自分のせいで俺にも、お前らにも迷惑をかけたのではないかって」
樹は今にも泣きそうな様子だった。
「そんなことはないって言っては見たもののその言葉は全然届かなかった。最終的に紗奈から少しの間、距離を置いて落ち着きたいと言われた。それと、二人にごめんなさいとも。ああ、俺は何てことをしたんだろうな……」
樹の様子を見て決壊寸前だった彼の心がボロボロと崩れていくのがひしひしと感じられた。
「未来なんて見に行かなきゃ良かったのか? ああ、ああ……」
彼は嗚咽した。俺と美玲で彼の肩を摩った。
彼が泣き止むまでに一時間以上は掛かった。