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第13話 「しばらく探さないでください」

 俺は一瞬では状況を飲み込めなかった。

「いなくなったってどういうことだ?」

 樹は弱っていて答えるのに時間が掛かりそうだった。その代わり美玲が答えてくれた。

「樹くんにメッセージが有ったんだって」

「メッセージ?」

 俺がこう言うと樹は自分のスマホを取り出した。

「これ……」

 そのメッセージを見せてもらう。樹と紗奈さんの楽しげなやり取りが続いていたが、その下で急に紗奈さんの方から「しばらく探さないでください」とだけ書かれたメッセージが送られていた。


 送信された日付は二〇二四年十一月十一日。時間は午後二十三時五十分だった。俺と樹が飲み終わって解散した十五分後くらいで、紗奈さんが先に帰ってから一時間くらい経った頃だった。その下には心配した樹によるメッセージがいくつか続いている。それらに対する返事は無く、既読の表示さえついていなかった。

「どうして急に……」

 俺がこう呟くと樹が弱々しく答えた。

「わからない。このメッセージの理由も今どこにいるのかもわからないから困っているんだ」

 俺は何も返事ができずに下の方を向いた。あまりにも急すぎて、心が苦しくなる。自分のことではないし、美玲に振られた諸々のことでそれどころではないのだけど、ずっと親しくしていた二人がこうなったことが辛かった。樹も美玲も同じように顔が地面に向いている。美玲もまた俺と同じように辛いのかもしれない。


 俺たちはしばらく黙り込んでしまった。俺にはこの急な出来事を受け止めるのに時間が必要そうだった。二人もおそらくそんなところだろう。しばらくして口を開いたのは美玲だった。

「明日、大学の中を探してみない? もしかしたら今晩中に落ち着いて明日来るかもしれないし」

 そうだ、それに越したことはないのだ。明日大学に来てくれていれば、ああ良かったで済むのだ。だが、樹の表情は浮かばない。


「こんな明確に探さないでと言われたのは初めてだし、毎週火曜日に大学で授業を取っているのか俺は知らない。だから、明日大学に来ている可能性がどれだけあるかわからない」

「そうか……」

 俺は意味もなく空を仰いだ。何も無い夜空である。頭を元に戻すと美玲がおでこに手を当てながら今度はこう言った。

「ひとまず、向こうからの返信を待ってみない? 明日、じゃなくて今日の夜までに返信があればひとまずはそっとしておく。返事がなければ、明後日、紗奈さんが行きそうな場所を探しに行く。これでどう?」


 美玲がおでこに手を当てているということは、相当悩んでいる時の仕草である。美玲なりに悩んで出した対応策ということだろう。樹は弱々しくも相槌を打っていた。

「……わかった。そうしよう。それにちょうど今紗奈が行きそうな場所の当てを一つ思い出した」

「それはどこだ?」

 俺が樹に聞いた。樹はすぐに答えてくれた。

「紗奈の実家。この街から電車と歩きでトータル二時間くらい」


 なるほど、そこそこの距離はあるらしい。これを聞くと美玲はすぐに樹の方を見て返事をした。

「私、一緒に行く」

 樹は慌てた様子で首を横に振った。

「いや、いいよ。これは俺と紗奈さんの問題だ。俺たちの問題に巻き込むのはかなり申し訳ないし」

「いや、それでも行くわ。紗奈さんにはいつもお世話になっているから、今度は私が紗奈さんの力になりたい」

 俺は美玲の目を見る。この目は本気だ。きっと本当に樹に何を言われてもついていく目をしている。その目を見て、俺も樹と紗奈さんのためにできる限りのことをしたいと思った。


「俺もついて行く。俺も紗奈さんにはいつも世話になっているからな。こういう時だからこそ、俺も二人の力になりたいんだ」

 気がつけば咄嗟に俺も行くと言っていた。樹は俺と美玲のことを交互に見た。それから彼は申し訳なさそうにこう言った。

「わかった。二人とも一緒に行こう。巻き込んでしまって本当にすまない」

 樹は深く頭を下げた。


 それから、もし今日の夜二十三時までに紗奈さんから返事がなければ、翌日朝の電車で紗奈さんの実家に行くということになった。万が一、行くことになった場合の連絡方法、集合時間と待ち合わせ場所などを諸々決めて俺たちは解散となった。



 解散後、俺はすぐに帰宅した。現在の時間は大して経っていないはずなのに、ここに帰るのは数日振りなように感じられた。一緒に住んでいる両親と姉はリビングには居なかった。どうやら全員、自分の部屋で寝ているらしい。なのでなるべく物音を立てずに自分の部屋へ向かう。それからすぐに風呂に入って、その後布団にもぐった。なんだか、ひどく疲れていた。色々と心配事は沢山あるのに眠気が凄まじかった。人間の体はどんな状況でも疲れていると案外簡単に寝れるのだなと思った。



 気が付けば朝になっていて時計を見ると時刻は午前九時だった。凄まじい眠気のおかげでかなりよく眠れてしまった。大学の授業は午後からなのでゆっくりと準備をした。朝食を食べようと自分の部屋からリビングに出ると母に「いつもより顔色が悪いよ、どうしたの」と聞かれた。理由を言う気にもなれず、かと言って説明しても理解されないだろうと思いその場はごまかした。朝食を食べ終えて荷物を持つと家を出た。


 大学に到着して午後の授業を受けたが、数々の心配事が頭に浮かんできて全然集中できなかった。授業が終わり、俺は大学内で紗奈さんをひたすら探した。紗奈さんがいそうな辺りは全部探し、普段立ち寄らないような辺りにも行ってみた。だが、見つからなかった。俺の心は少しずつ沈み始めていた。


 見つからずにベンチで休んでいると歩いている美玲と会った。彼女の方も紗奈さんを探していたという。話によると空いていた時間で大学のキャンパス内や紗奈さんがよく行っているというお店などをあちこち探してみたが、やはり見つからなかったそうだ。俺の方の捜索状況を伝えると美玲の表情はどんどん沈んでいった。彼女も紗奈さんが見つからないことがショックらしかった。

「こうなったら、明日本当に行くしかないわね……」

 美玲はこう言い残した。それから俺に軽く挨拶をするとその場を後にした。


 俺は一時間半程続けた紗奈さんの捜索をやめて大学を出た。気分転換に散歩をする。俺は今日の真夜中に緑色のコートを着た女性と会った並木道を通った。夕方の時間帯でこの場所を見ると、並木の様子が綺麗である。季節が秋なので、木々の葉が色づき始めていてなおさらいい景色だった。美玲に振られてしまった状況じゃなかったら、一緒に歩きたかったなと思った。


 家に帰ったのは午後十七時半頃だった。帰ってくるとすぐに姉に出くわした。大学四年の姉も家に帰ってきたばかりだったようで、朝の母に続き姉からも顔色が悪いことを指摘された。俺はめんどくさくなってしまい放っておいてくれとだけ姉に返した。その後は暇をつぶしながら樹からの連絡を待っていた。彼から紗奈さんと連絡がついたという連絡があることを俺はずっと願っていた。だが、午後十八時、十九時、二十時と時間が過ぎていったが、樹からの連絡は待てども来なかった。


 やがて、タイムリミットの二十三時を過ぎた。二十三時半に樹からようやく連絡が入った。紗奈さんからの返事は自分で設けたリミットギリギリまで待ってみたが来なかったようで、明日の朝、紗奈さんの実家に行くことにしたという。俺は樹の状況を把握したことと昨晩言った通り一緒に行くという旨のメッセージを送った。それから俺と樹は明日の集合時間や場所など諸々のことを再確認してやり取りを終えた。それからすぐに風呂や歯磨きを済ませて布団を被った。寝ようとしたが今日は寝つきがやや悪かった。なんとなく、明日が心配だった。


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