表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

26

 結局、体育祭の最中に受験の話をするのは場違いと判断し、蛍は追及を止めた。

 緑林館高校は地元でも有名な進学校なので、蛍も良く知っている。もし受験するのなら、相当がんばらないといけないと考え、蛍は憂鬱になった。

(べ、別にまだ受験するって決めたわけじゃないし……)

 自分の思考を省みて言い訳をする。まだ先の問題ではあるが、進路について、一つの目的はできた。

 競技は、八〇〇メートル走が始まろうとしており、雪が出場する。クラスが違うので、龍一も目立って応援するのは自重しているが、雪の姿を確実に目で追っていた。

 スタートとともに、雪は最下位から始まる。厳しい状況だったが、八〇〇メートル走はペース配分が重要である。最初からスピードを出していた選手が持久力を使い切って減速したり、トラックのカーブで位置取りを競った選手同士が接触して転倒したりと、様々なアクシデントが発生した。最後まで自分のペースを維持した雪は、二位でゴールしたのである。

「さすがだな、雪は。緩急を付けた安定の走りだったね」

「そうね、よくやったわ」

 龍一と蛍が、掛け値なく賞賛する。

 陣営に戻った雪は、稗田に声を掛けられていた。彼からも賞賛を受けているのだろう。そして、濱崎も雪に声を掛けてきて、何やら楽しそうに話している姿が見える。そんな光景を龍一たちは、微笑ましく見られるまでになっていた。


 次に龍一が出場する借り物競走には、ジョーカーが含まれていた。

 借り物の内容には、毎年必ず「好きな人」があり、去年、このカードを引き当てた生徒は、題目をクリアすることができず、失格となってしまった。借り物を持ってこなければ負けとなってクラスから批判を受け、持ってくれば羞恥の的になる。このように逃げ道のない状況を強いるカードとなることから、いつしかジョーカーと呼ばれていた。

 そして去年の生徒は、これがきっかけで想い人との関係がこじれてしまい、最終的には破綻。クラス内も気まずい空気が長く続いたという。そのような事情もあって、借り物競走での出来事は、表立った話題には上らないのだが、体育祭実行委員やゴシップ好きな生徒を経て、一部にのみ流布していた。

 幸か不幸か、蛍と雪がその手の話に触れる機会は得られずにいたが、稗田はクラス委員長という立場から、その手の話を耳にする機会があり、トマリギで龍一が借り物競走に出場すると聞いた時は、憐れみを感じたものだった。

 知る人には愉悦を増幅させる人もいる中、借り物競走が始まった。龍一はカードの前に着くまで最下位だったが、この競技に足の速さは関係なく、余り物に福がある場合もある。最後に残ったカードを手に取った龍一は、表情を驚愕させ、しばらくその場で固まった。福とは想像しがたい反応に、

(ジョーカーを引いたな)

 と、事情を知る人は同時に思った。稗田もその中の一人であり、気の毒に思いつつも、龍一がどう動くのか、誰に向かっていくのか、個人的にも注目していた。

 全く動かない龍一に怒号が飛び始める。このまま失格するものと思われた時、ようやく龍一は走り始めた。そして二年五組の陣営の前まで来て、

「雪、一緒に来てくれ!」

 と、明確に指名して右手を差し出す。その光景に、悲鳴や喚声が所々から上がり、混沌とした状態になった。

 これには雪も、龍一とクラスメイトを交互に見返し、どうしたら良いのか、わからなくなってしまった。

「雪さん、行ったら? 競技の上なんだし、敵味方もないでしょ。誰も裏切ったなんて思わないよ」

 濱崎が、配慮を前面に押し出す形で、雪を促す。真っ当な意見であり、クラスに遠慮した雪がためらっていたと思うのが自然だろう。だが納得できない者もいた。

 雪が前に進み、龍一の右手を取って行こうとした時、龍一の左腕をつかんだのは稗田だった。

「……借り物は何なの?」

 低い声で睨む稗田は、これまで誰も見たことのない凄みがあり、周囲は一瞬で静かになった。

「妨害? 稗田くんは勝つために、ここまでやるの?」

 龍一も、目を逸らすことなく対峙する。時間もないが、稗田の手を無理に振りほどくことはしない。彼の健全さに賭けていた。

 稗田の後ろからは、その行動を支持する声と翻意を促す声が入り混じっていた。追従者と良識者が分かる構図である。結局、稗田は腕を離して踵を返した。


 このままゴールに向かうと思われた龍一だったが、向かったのは二年六組の陣営だったので、雪は戸惑った。

「ど、どうしたの?」

「もう一つ必要なものがあるんだ」

 そう言うと龍一は、雪と同様に戸惑うクラスメイトの中を突き進み、ダルマのオブジェの前に立った。

「雪は、そっち側を持って。せーの……」

 そして、ダルマを左右から抱えて持ち上げる。なんと、このダルマを持っていこうというのだ。

「ちょ、ちょっと、龍一?」

「説明は後。行くよ、雪!」

 蛍を一言で制し、龍一は雪と掛け声を合わせて走り始める。ダルマはハリボテなので軽かったが、かなり大きいので目立った。

 他の選手は手間取っているためか、まだ誰も戻って来ず、龍一たちは一位でゴールを果たしたのだった。

 だが、題目が合わなければ、やり直しとなる。龍一は実行委員にカードを渡して説明し、やがて合格の判断が下って、一位の旗を持たされた。

「……ねぇ、結局、借り物は何だったの?」

 戻ってきた龍一に雪が、当然の疑問を投げかける。


「ゆきだるま」


 それが龍一の答えだった。雪は一瞬の間を置いて理解する。

 沢渡「雪」とダルマの組み合わせ。

 滑稽さに、二人は失笑を重ねた。

 龍一としても、奇をてらったつもりはなく、知恵と機転を利かせて作り上げた産物だった。そもそも、この時期に雪だるまを指定する方が非常識である。その点も含めて、実行委員に借り物の正当性を主張し、認めさせたのだった。

 ちなみに、借り物の「好きな人」は今年度から廃止されていた。多感な年頃を慮ろうということから、ようやく除外されたのであるが、そのことは一部の関係者以外、誰も知らない。


 競技が終わり、龍一とダルマを返してきた雪は、自陣に戻って内容を説明した。反応は歪んだものだった。

「何それ、バカじゃないの?」

「くっだらねぇな」

「雪だるまのマスコットもあるんだから、普通に探せよ」

 爆笑している二年六組とは対照的に、二年五組は殺伐としている。競技に負けたことよりも、人気を博す姿が気に入らないように見えた。

 稗田がたしなめて場は収まったが、うまくない空気は確かに発生している。稗田自身、それを発生させている自覚があり、自らを律するのに必死になった。


(続)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ