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校庭で開会式が終わり、龍一たちは各々、自分のクラスの陣営に戻っていく。
二年六組には、必勝と書かれたダルマのオブジェが。二年五組には、有名漫画のキャラクターのイラストが掲げられている。様々な士気高揚のアピールがあって、体育祭は賑やかさに彩られていた。
「どう、龍一? 初めての体育祭は」
「すごいね。これは、盛り上がりそうだ」
得意げに聞く蛍に、龍一が答える。彼にとって、綾城中学校での体育祭は今回が初めてなので、いろいろと楽しみだった。
隣の陣営には雪と、そして稗田の姿も見えた。あの保健室での出来事以来、特に大きな動きはない。雪からも、あれから稗田からのアプローチはないという報告を受けている。自粛しているのか、機を窺っているのか、真相はわからないが、雪との同棲が続くうちは、その一挙手一投足を注視していくしかなった。
稗田からも龍一の姿が見えていたが、特に表立った反応を示すことはなく、しばらくしてクラスの輪に戻っていった。しかし彼は気づいていなかった。自分のクラスから龍一に向けられた、複数の敵意の視線を。
最初の競技種目は一〇〇メートル走。各学年ごとに行われ、代表選手が走る。二年六組では、蛍と彰が参加している。どちらも足の速さに定評があることは、小学時代から龍一も熟知している。
蛍は難なく一位となったが、彰は後半から失速し、三位に終わった。どうにも最近の彰は、体力不足の感が否めない。中学生になってから不摂生が顕著になっているようなので、今の内に生活習慣を改めないと、将来が大変になるのではと年配者な心配をしてしまう龍一だった。
次の種目の二〇〇メートル走が終わり、その次は一一〇メートルハードル走。龍一が出場する種目である。当初から憂鬱だった出番が来たが、これが終われば、難題の一つが解消されるのだと思い、早く終わらせるために真面目を装った。
もちろんクラスのこともあるので適当にやる気はないが、自分の全力の程も知っているので、責任を追及されても困ると内心で言い訳をする。
龍一の組になり、他の走者は皆、龍一よりも背が高い。いつもの光景だった。スタートの合図と同時に、すでに最下位となり、跳ぶのも滞空時間が掛かる。最後のハードルを跳ぶ頃には、他の走者はゴールを果たしていた。
最後のハードルくらい綺麗に跳ぼうと意気込んだせいか、龍一の足が絡まって転ぶ。その勢いのままヘッドスライディングの体勢で、ハードルの下を潜ったのである。
これには生徒たちも皆、大爆笑をした。龍一も最下位でゴールをしたが、そのアクシデントのおかげで、結果的に盛り上がってくれた。
陣営に戻った龍一は、手荒い歓迎を受ける。
「はははっ! ウケたぞコノヤロー」
「まったく、おいしいとこ持っていきやがって」
「まさか狙ってやったのか? あざといな」
などと様々な声が掛けられ、競技の結果など気にも留められなかったのだった。
転倒によって両手両足が汚れてしまったため、龍一は校庭の手洗い場へ向かい、ゆっくりと汚れを落とすことにした。
「室瀬くん……」
そこに、少し離れた所から声を掛けてくる女子生徒がいた。二年五組の濱崎未緒である。
「どうしたの? こんな時に」
龍一も濱崎に、距離を詰めることなく返答する。
龍一のモンブラン発言以降、内通を疑われた濱崎は、塚原たちから除け者にされていた。濱崎も当初は、龍一を恨んで単身突撃してきたが、冷静に対処を試みた龍一に説得されたのである。
実のところ、塚原との付き合いは濱崎自身もうんざりしていたので、モンブランは、きっかけにすぎなかった。ちょっとした疑心暗鬼で関係が崩壊したのが、良い証拠である。
龍一に対する蟠りはあるものの、利害と心情の観点から、龍一との繋がりを持っておくのも悪くないと判断したのだった。
「塚原がまた、変な動きをしてるみたいなの」
「変な動き?」
「まあ、いつもの悪口の類よ。あなたのことムカつくとかウザいとか。でも最近は、女子じゃなくて、男子に言いまくっているように感じるの。たいしたことじゃないと思うんだけど、一応、教えておきたくて」
同性に共感を求めるのが塚原の行動原理だったが、それが変化しているのが気になっていると濱崎は主張している。先程のハードル走の盛り上がりも、二年五組の男子からは、すぐに掻き消えた感じがしたという。小人の為せる業と言ってしまえば、それまでなので、龍一も特に気に留めはしなかった。
濱崎も一応、雪の知人である。根は良い人だと龍一も思っているので、モンブランを機に、雪の良き友人にでもなってくれたら御の字という程度には期待していた。
「教えてくれて、ありがとう。覚えておくよ」
そう言った後、龍一は付け加える。
「田中先輩、口の悪い子は好みじゃないようだよ。口の悪さは性格の悪さから来るものだとも言っていた。つまり、性格の悪い子も好きじゃないってことだね」
濱崎へのフォローと取り込みを兼ねて、月下氷人を行っていた。
わずかに呻く濱崎。自分に思い当たるところがあるのなら、ぜひ改善して前へ進んでほしいと願い、龍一は手洗い場を後にした。
競技は、三年生によるクラス全員リレーが始まっていた。文字通り、そのクラスの全員で参加するリレーである。当然、足の速い人から遅い人までいるので、勝利よりも協調性を育むのが目的となっている。
とはいえ、やるからには勝ちたいものなので、これが最後の体育祭ということもあり、気合は十分に満たされていた。
「龍一は、やっぱり工藤先輩を応援するの?」
「……うん、まあ、そりゃね」
蛍の聞き方に若干の含みを感じ、龍一は曖昧に濁した。
「特に先輩方は受験生だからね。怪我がないように終えてほしいよ」
話を三年生全員にまで広げたが、やはり注目するのは栞だった。彼女の出番は、まだ来ていない。
蛍もリレー観戦に集中しようとしたが、受験という単語に気が散ってしまう。
「そうかぁ、大変な時期でもあるのよね。工藤先輩は、どこの高校を目指してるのかしら」
「緑林館高校だよ。お兄さんのいたところだからね。僕もそこを受験するつもりだ」
龍一の何気ない返答に、蛍が絶句する。栞に兄がいることは小学時代から知らされていたが、龍一が栞を追って同じ高校に行くことを考えていたとは。
そのことについて詳しく聞こうとしたが、栞が走者として現れたことで、蛍と龍一はグラウンドに集中する。
ポニーテールを優雅になびかせて走る栞の姿に、龍一は全力で声援を送った。初速から疾風のごとく駆け抜けて次の走者にバトンが渡されたため、栞の出番はすぐに終わったのだった。
(続)




