表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

17

 本日は日曜日。この日は朝から曇天で、本格的に台風が近づきつつあり、その前兆の風景に思えた。

 いつ雨が降り出してもおかしくない天気。それにも関わらず、龍一は外出をする。重要な用件ができたこともあるが、昨日の雪の告白に、どのような対応をしていいのか、わからなかったからだ。

 あの買い物帰りの後、雪はすぐに横になって眠ってしまい、起きた時には何も覚えていなかった。正確には酒屋の事件までは思い出したが、その後のことまでは思い出せずにいた。龍一も無理に思い出すこともないと助言して、ひとまず終わった。

 図らずも月下氷人などと呼ばれ、今日の外出も相談者からの最終調整によるものだった。このようなことをしているにも関わらず、自分のことになると何もできないでいる。

 あの告白は、酔った上でのうわごとかもしれない。しかし、酔った勢いで本音が出たのかもしれない。

 いずれにしろ、自分に都合の良い解釈を必死に探しているようで、情けなかった。今は雪といる時間を少しでも減らそうと、今日はお互い自由行動で過ごそうと提案し、早朝から出かける始末だった。


 正午を過ぎる頃には、龍一の用件は終わっていた。駅前にいた相談者に、最後の段取りを済ます。あとは本人次第。恋仲の結末を見届けたりはしない。月下氷人として、お膳立てをするだけである。

 先程から、雨が降ったり止んだりを繰り返していた。龍一も傘を差しながら、駅からの帰り道をゆっくりと蛇行する。どこかで昼食を取って時間を潰そうかと考えていると、

「室瀬くん?」

 と声を掛けられ、振り返る。そこには一人の女性が立っていた。直接会うのは二年振りのため、思い出すのに一瞬掛かった。

「沢渡夫人、ですか?」

 名前を覚えていなかったため、適切な呼称をする。呼ばれた夫人は、こそばゆさを感じながらも肯定した。

 蛍と雪の母親。最後に会った時より、やつれているように見えるのは先入観からだろうか。

 改めて状況を考えると、気まずい。現在の二人の共通項は沢渡雪である。お互い、思うところが多々あり、しばらく立ち尽くしてしまう。だが、このままでは埒が明かない。

「あの……昼食は、お済みですか? そこのファミリーレストランに行きませんか?」

 龍一が、場所を変える意味で夫人を誘い、夫人も同意した。


 店内に入った途端、外は土砂降りとなり、避難の意味でも助かった。

 この天気や学校でのことなど、ありきたりな日常会話を交えながら、各々に注文したメニューを平らげ、コーヒーのみとなったところで、夫人が本題に入った。

「今日は、その……雪はどうしてるの?」

「雪さんは、今朝は僕の部屋にいました。今日は、お互い自由行動なので、雪さんもどこかに出かけているかもしれません」

「そう……雪は元気にしてるの?」

「……はい。現在は先週よりも明るくなっています」

「…………」

 多少の皮肉を込めて言い放ったことに、後悔の念が生じた。龍一とて夫人を追い詰めるような真似はしたくなかったが、感情が言葉の一端に出てしまう。

「僕からも聞きたいことがあります。いいですか?」

「え、ええ。どうぞ」

「そもそもケンカの原因は何ですか?」

「…………」

「すみません。他人の僕が気安く聞いていいことではなかったですね」

 夫人の沈黙が答えとなり、龍一は瞬時に切り替えた。その内容から、もしかしたら突破口があるのかもと思ったが、その中に大人の事情が絡んでいるのなら、ケンカの理由や原因を聞いても意味がない。

 そうなると解決策は、やはり原点となる。

「事実として、雪さんは家に帰ることに恐怖を感じています。それは、また酷い目に遭うと思っているからです。だから雪さんが家に帰るためには、そこが安心して暮らせる環境であると、わからせないといけないんです。そして、それができるのは、ご両親だけなんです」

「室瀬くん……」

「出過ぎたことを言っているのは、重々承知の上です。ですが、どうか考えてください。どうやったら、雪さんを助けられるのかを」

 最後は仰々しい物言いになってしまったが、これくらい言わないと響きそうになかった。いや、これでも動いてくれるかどうか定かでないと龍一は感じている。所詮、子供の言動である。種を蒔いて芽を出すかは運次第と思っていた。

「わかったわ、何とかやってみます……ところで、室瀬くん」

「何でしょうか?」

「雪とは、もう一週間以上は暮らしてるのよね」

「そうなりますね」

「室瀬くん、あのね……雪とは……その……つまり……」

 歯切れの悪い曖昧な物言い。ここから察せられるのは、親心として当然の懸念。娘が、見知っている親しい友達とはいえ、男と暮らしている。そこから思い至る体の重なりを、気に病まずにはいられないだろう。

 そうだとすれば、これは雪が必要悪として役割を果たせている証拠でもあった。言葉より行動が効果的なのも真理である。

「安心してください。雪さんに不自由はさせていないつもりです。夫人が心配するようなことは何もありません。その点は信用してください」

 夫人が別の意図を述べようとしていた可能性もあるので、あまり先回りしたことは述べないようにしておく。夫人は曖昧に頷きながら、得心がいっていない感じに見えた。だが龍一は、これ以上の回答を与える気はない。そこまで雪の身が心配なら、どうするべきか。そこに自ら至らなければ、この問題は解決しない。当初の解決策に変更はなかった。

「雨もそろそろ弱まってきましたね。また強くならないうちに帰りましょうか」

「ま、待って、室瀬くん」

 そう言うと夫人は、カバンから封筒を取り出して、龍一の前に差し出した。

「雪が迷惑を掛けて申し訳ないわね。これを生活費の足しにして――」

 言い終わらない内に、龍一は封筒のお金を突き返す。

「旦那さんにも言いました。僕は自分の責任で雪さんと暮らしています。その責任を果たしているだけですので、このようなものは不要です」

「でも、人ひとりが増えての生活は大変でしょ? だから……」

 しばし押し問答となったが、封筒を受け取らない代わりに、ここの会計を夫人が持つことで収まった。


 夫人と別れてから龍一は、また雨足が強くなってきた中、淀みない足取りで帰宅していく。

 雪の件は、まだ何も解決していない。改めて、雪を守らなければと決意する。告白で浮足立っている場合ではなかった。物心ともに、雪から距離を取っていたことを恥じ入る。

 きちんと向き合っていこうと、さくら荘一〇四号室に到着した龍一は、ドアを直接開けようとして制止する。前回、これで雪の背肌を見てしまったことを思い出す。部屋の明かりは付いているので、雪は出かけていないのだろう。チャイムを鳴らして名乗ると、ドアが開けられた。

「よっ、龍一。おかえり」

「あれ、蛍? 来てたのか」

 出迎えたのは蛍だった。雪も部屋の奥にいて、笑顔で迎えている。

 買い物で外出していた蛍が、土砂降りに見舞わられ、さくら荘が近かったこともあり、雨宿りも兼ねて寄らせてもらったのだという。

「まったく、ひどい大雨で散々よね。まあ、こんな日もあるわ」

「そうね。わたしも出かけようかと思ったけど、そうしなくて良かったわ」

「ほら、手土産にドーナツも用意してきたんだから、皆で食べましょう」

「わあ、さすが蛍ね。それじゃあ、わたしはコーヒーを淹れるね。あ、龍一くんは座っててね、全部やるから」

 蛍と雪が笑顔を振りまきながら、てきぱきと動いてくれている。龍一は言われた通り、テーブルの前で座っていた。

 二人とも活動的なのは良いことだが、なんだか妙に気分が高揚しているように見える。嵐の前はそういう気分になると言われているが、あれは男子に見られる傾向ではなかったか。

 何にせよ、この天候とは相反する気質があるのなら、それを否定する理由はない。この場で、母親に会った話をするのも適切ではないだろう。かえって二人に心配をさせかねない。

 今は、蛍と雪が用意するティータイムを楽しむことにしようと思う龍一だった。


(続)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ