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 今日の美術の授業は、風景画。近くの公園に出向き、思い思いに写生する。今週と来週の時間を使って課題を提出するという、芸術の秋にちなんだ恒例課題である。

 課外授業なので、いったん校門前に集まり、そこから集団で公園に向かう。二年六組の生徒は、各々準備が終わり次第、校門に向かっていた。中には、道具を忘れたため、他のクラスに行って借りようとする者もいる。日頃の生活態度が出てしまう光景でもあった。

 龍一も蛍も、準備万端なので、すぐに教室を出た。すでに蛍は、平静さを取り戻し、女友達と一緒に、軽やかに歩いていく。

 龍一は途中、トイレに寄った。昇降口とは反対側の廊下を通るため、クラスメイトの流れとは逆になる。用を足し終えた龍一が男子トイレから出ると、三人の女子生徒が、龍一の通行を阻むように立っていた。

「ちょっと待ちなさいよ」

 正面にいる女子が、挑戦的な態度で迫る。上履きの学年カラーは、龍一と同じ青。他二人も同様なので、全員、二年生である。

「何? これから授業なんだけど」

「いいから、ちょっと答えなさいよ」

 正面女子の目には、明らかな敵意の色が付いている。左右女子も同様だ。男子相手とはいえ、自分達と目線がほぼ同じことで、対等以上に渡り合えると思っているようだ。

 三人を見渡して、龍一は思い出した。全員、二年五組の女子生徒である。つまり、雪のクラスメイトだ。そこに、何らかの火種があるような気がして、龍一は警戒する。

「あんた、いったい何したのよ? 正直に言いなさいよ」

 正面女子は、自分の言いたいことは相手にもわかっており、聞きたいことは何でも答えてくれると思っているようだ。傲慢な人に、よく見られる人種である。だから龍一も、まともに相手をする気がなくなった。

「誰かと間違えているんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ! バカにしないでよね!」

「早く目当ての人を探しに行きなよ。時間がないよ」

「あんたで合ってるのよ、室瀬!」

 とりあえず、正面女子は、龍一に文句があるようだった。雪と関連があるのかは、わからないが、こういう人物が雪の近くにいると思うと、嫌な気分になる。

 左右女子は、まだ一言も喋っていない。壁役、もしくは、正面女子の後押し役といったところか。なんにせよ、正面女子ほど、強い敵意は感じない。あくまで全責任は正面女子にあるといった立ち位置である。その証拠に、龍一が左右女子の目を正面から見据えると、二人は、すぐさま目を逸らして泳がせている。

 そして、ようやく思い出した。左右女子は、龍一の小学時代の同級生である。龍一は、この地域から離れていた時期があったので、親交の浅い相手の顔は、おぼろげになっていた。

(たしか……小野さんと濱崎さんだ。こんな取り巻きをするような子には見えなかったんだけど……)

 時の移ろいによる、人の変遷というものを感じ、龍一は悲しくなった。

 元凶である正面女子は、さらに毒づく。

「まったく、室瀬って、本当に感じ悪いわね。背も低くて、カッコワル。なんで学校に来てるわけ?」

「わざわざ待ち伏せて、そんなこと言いに来たの? 初対面の相手に、そこまで悪態をつけるなんて、凄いね。尊敬するよ。どこの誰だか知らないけど」

「ふ、ふざけないで! 塚原よ、塚原亜美! 人の名前も覚えられないなんて、あんたって本当にバカね」

「ずいぶんと自意識過剰だね。自分の名前が皆に知られているとでも思っているの? 自己紹介もしないで、皆が知っていて当然だなんて思っているの? アイドルならファンが知っていて当然かもしれないけど。自分がアイドルか何かと勘違いしているんじゃないの?」

 怒鳴りこそしないが、嘲りを含ませた龍一の舌鋒は、塚原を鋭く突き刺した。塚原が何を思って龍一を目の敵にしているのかは不明だが、彼女に容赦する理由など微塵もない。

 逆上して迫ってくる塚原の横から、一人の大柄な男子生徒が現れた。

「おう、龍一。こんなところで、どうした?」

「あ、野々原先輩。どうも」

 野球部のキャプテンだった野々原正樹が、騒ぎを聞きつけて、やってきた。


――三ヶ月前、龍一は偶然、野々原がマネージャーの女子に、部室内で告白しようとしている場面を目撃した。だが野々原は、あと一歩が踏み出せず、いたずらに時間が過ぎていくうちに、部員が来た。龍一は、とっさに部室前のドアに直立し、

「顧問の先生に頼まれたんだ。今、殺虫剤を焚いているから、あと三十分は、誰も入れないようにって」

 と、少し大きめの声で言ったのである。

 部員は、しかたなく戻っていき、野々原は、時間制限を設けられたせいで、かえって踏み出す勇気を総動員させることができた。その結果、告白は見事に成功。晴れて両想いになれたのであった。

 その時のことに恩義を感じた野々原は、龍一のことを、すっかり気に入り、事あるごとに龍一を褒め称えていた――


「それで龍一、どうしたんだ? なんだか、胸糞悪いこと吹っかけられてるみたいだけど」

 野々原は、三人の女子をゆっくりと見渡す。それが彼女らには、顔を覚えられているように映り、恐怖を覚えた。

「たいしたことじゃありませんよ。塚原亜美が難癖を付けてきただけですから」

 龍一の言葉に、塚原は怒り、小野と濱崎は、一歩下がった。その光景で、野々原は、誰が塚原なのかを悟り、視線を一点に合わせる。

「へぇ、そうなんだ」

 野々原は笑っていたが、目が笑っていなかった。

 見るからに質実剛健な先輩に、顔と名前を覚えられた塚原は、自分が取り返しのつかないことをしたのではないかと恐慌状態に陥った。

「先輩、僕もう次の授業があるので、行きますね」

「お、そうか。がんばれよ、龍一!」

 野々原の激励を受けた龍一は、いまだ恐怖で身をすくませている三人の脇を通り過ぎた。そして、

「じゃあね、濱崎さん。モンブランは、また今度ね」

 と、手を振りながら言い放って、駆けていった。

 その意味するところを、当の濱崎は、全く理解できなかった。


(続)

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