10
雪が来るまで、調理経験の皆無な龍一だったが、掃除と洗濯は、これまで几帳面に、こなしていた。しかし、これからの洗濯に関しては、全面的に雪が仕切ることとなった。
いつものように、洗濯籠の中身を洗濯機へ入れようとした龍一は、雪の下着をつかみ、その場面を雪に見られてしまった。お互い、赤面しながら、しばし沈黙した後、洗濯は龍一の分も含め、雪に任せるということで、話がまとまったのである。
ハプニングも絶えないが、こうやって徐々に役割分担が決まっていくことは、パズルのピースが形になっていくような充実感があった。
そして、これも役割分担になりつつある、朝の出迎え、二日目のこと。
「おはよう。準備できてる?」
今日は、自分からチャイムを鳴らしてきた蛍が、二人に登校を促す。
昨日と同じ三人での登校。蛍はこれを、日常の再現と言うが、これを新たな日常にしたがっているような気配がある。
青空の下を歩む蛍は上機嫌だった。
ホームルームが終わってからも、蛍は不機嫌だった。
「なぁ、蛍。さっきから何をそんなに怒っているんだ?」
「怒ってなんかないわよ」
なぜか、蛍の態度が刺々しくなっている。
教室内なので、あまりしつこく追究もできない。
登校中とは打って変わった態度に、龍一も戸惑い、何が原因なのかと考えているうちに、一時限目の英語の授業が始まってしまった。
一時限目の終わった休み時間。昨日同様、龍一と蛍は、手洗い場で報告を行う。不機嫌な蛍が素直に付いてきてくれて、龍一は安堵したが、いまだに蛍の感情がわからない。
「僕が、蛍の気に障るようなことでも言った?」
慎重に話す龍一に、蛍が溜め息を吐く。
「気にしないで。もう済んだことよ」
そう言うと蛍は、踵を返して、教室に戻り始めた。
龍一は驚く。蛍は、龍一の発言を否定しなかった。つまり、龍一が蛍に言った何かが気に障り、それが不機嫌の原因だということである。
さくら荘を出てから、教室に入るまでの間の会話。その中に原因があると考え、思い出す。その間の話題は、美術に関する事柄が中心だった。
今日の三時限目と四時限目は、龍一と蛍のクラスで美術の授業があること。
明日の一時限目と二時限目が、雪のクラスで同様。
昨日は画材道具の補充に、雪と文房具店で買い物をしたこと。
蛍が、雪の画材道具のことに気づき、今日の放課後に持っていくと言ってきたこと。
雪が、龍一から道具一式を借りることになっているからと言ったこと。
だから龍一は蛍に、持ってこなくてもいいよと言ったこと。
「ねぇ、蛍。もしかして、雪の画材道具のことを断ったことに怒っているの?」
回想から心当たりを抽出した龍一は、蛍の身を硬直させた。
すでに二人は教室の自分の席に戻り、小声で話している。
「確かに以前、言っていたね。荷物を運ぶのは、雪のためにやっていることだから、遠慮するなって。僕らは蛍に気を使って画材道具の件を済ませちゃったけど、それが蛍のプライドを傷つけたっていうことなら、謝るよ。悪かっ――」
「気にしないでって言ったでしょ? もうこの話は、おしまい。ほら、授業が始まるわよ」
やんわりと、だが強引に打ち切られたため、この件は、完全に手仕舞いとなった。
蛍の怒気は、プライドから来るものではない。もっと自己中心的なものである。
もう少し距離を縮めたい――それが叶う機会がほしいだけだった。ゆえに、蛍の内心は今でも、くすぶっている。
(持ってく荷物がないと、龍一の部屋に行けないじゃない……)
(続)




