特集:恋愛成就の人気スポット『呼び捨て山』の真実!?
どうも、星野紗奈です。
今年も夏のホラーの時期がやってきましたね……!
ということで、「うわさ」をテーマに一本書き上げてみました。
短めのふわっとホラーに仕上がりましたので、お気軽にお楽しみいただければ幸いです。
それでは、どうぞ↓
皆さんは、『呼び捨て山』をご存知だろうか。そう、R県G市B町にある、恋愛成就でおなじみのあの人気観光スポットである。
もう耳にたこができるほどお聞きになっているかもしれないが、ここでひとつ、『呼び捨て山』の逸話をおさらいしておこう。
昔々、とはいってもそれほど遠くはない昔のことである。
その村には、とある恋仲の男女がいた。しかしなんともいじらしいもので、付き合う日々が折り重なっても、お互いに「〇〇さん」と敬称をつけて呼び合うような仲だった。
それを見かねた周りのものが、男の方に告白にうってつけの場所、地元の住人しか知らないようなある小さな山のことを教えてやった。小川が流れる澄み切った空気、道中の木々の隙間から差し込む星明かり、そして開けた先の小さな湖で揺れる淡白い月。「その美しい景色の中で結婚を申し込んで、彼女の名前を呼び捨てしてやれ」と、人々は男に言った。
男は意を決して彼女を誘い、日の落ちた頃合いに共に山を登った。そして男の告白の言葉に女は――、まあその先は言わずともきっとおわかりいただけることだろう。
当時は名もなき山の一つに過ぎなかったが、そんな一組のカップルの恋話がきっかけで、後に『呼び捨て山』と呼ばれるようになったわけである。ちなみに、町の隅の観光案内所に飾られている指輪は、当時告白の際に男から女に贈られたと伝えられているものなんだとか。
――――と、ここまでがおなじみの伝承である。以来、「『呼び捨て山』で恋人の名前を呼び捨てして告白すれば、二人は末永く結ばれる」なんて噂話が流れているわけだが、実のところ、この『呼び捨て山』の話には思わぬ真相が隠されていたのである。私がそれを知るに至ったのは、とある女性から聞いた恐怖体験がきっかけだった。
その女性は、『呼び捨て山』の噂に誘われてやってきたしがない観光客の一人だった。同行者にはもちろん、恋人の男性がいた。『呼び捨て山』に行くことを提案してきたのは男性の方だったので、「もしかすると今夜告白されるのではないか」と、最初は浮かれて気が気でなかったらしい。日中は近くを観光して、空が赤みがかってきた頃、二人は予約していた山中のペンションへと向かった。山中とは言ったが、実際には坂を10分ほど登った程度の場所である。
チェックインを済ませてから、二人は部屋で少し談笑していた。その途中、女性の期待通り、男性が「せっかくだし、噂の場所を見に行ってみようよ」と声をかけてきた。女性はすぐさま嬉しそうに首を縦に振った。それを見て微笑むと、男性は何か先に用意するものがあるらしく、「準備をして待っていて」と、女性を残して一人部屋を出ていってしまった。
静まり返った部屋で、女性は一つ深呼吸をした。それでも結局胸の高ぶりはさしておさまらず、非常に浮ついた気持ちを自覚しながら、鼻歌交じりで身支度を整えていた。
そうしてしばらく経った頃、とん、と扉を叩く音が耳に入った。ノックにしては少し不自然な鈍い音だったので、もしかすると荷物で両手が塞がっているのではないかと女性は思った。『呼び捨て山』で告白する前からどんなサプライズをしてくれるのだろうかと、笑みをこぼしながら女性は扉を開けてやるために立ち上がる。するとまた、どん、と音がなった。明らかにノックではないその音に、女性はぴたりと動きを止めた。まるで、外側から拳を叩きつけられているかのような。そう思った直後、今度はドッとさらに強い音が部屋の空気を揺さぶる。ドッ、ドッ、と、死にかけの心臓が脈打つみたいな速度で、外側からナニカがぶつかっている。扉を、開けようとしている。
女性はすぐさま息を殺し、部屋の中からじっと扉の方を睨みつけていた。音は止まない。彼はまだ帰ってこない。浅い呼吸を繰り返すうちに、目尻には涙がたまる。
と、その時だった。外側のナニカが鳴き声のようなものを発した。それまでと違ったことをされると、妙に気になってしまうのが人間というものなのだろうか。女性は眉間にシワを寄せて、今度こそそのナニカの声を聞き取ろうと耳を澄ませた。そしてナニカが再びその言葉を発したとき、女性はひゅっと息をつまらせた。
――――自分の名を、呼ばれていたのである。
女性はその場に崩れ落ちて、そのまま勢いよく一番遠い壁のところまで這いずった。そしてそのままがたがたと顎を震わせ、扉を破らんとしてくるナニカに怯えながら、男性が帰ってくるのをただひたすら待つしかなかった。
その後彼女がどうなったかというと、結論から言ってしまえば、特に何もなかった、とお伝えする他ない。女性はいつの間にか気絶していたらしく、数分もしないうちに戻ってきた男性が慌ただしく介抱したんだとか。最初は男性に騙されているのではないかと思った女性だったが、結局は自分が愛した男、自分は夢を見ていたか偶然正気でなくなっていたに違いない、と、それ以上考えるのをやめたそうだ。
しかし一人で抱えるのも心苦しくなり、私にその話が回ってきた、というわけである。彼女の話を聞いた私は、ただの法螺話と片付けてしまうのは惜しいと直感的に思った。何せ、火のないところに煙は立たないのだから。――――そうして調査した結果明らかになった『呼び捨て山』の真実を、ここではお話しようと思う。
皆さんは、不思議に思わなかっただろうか。「夜の山に立ち入るのは危険な行為ではないか」と。静まり返った夜の空気、木々の騒めく不穏な小道、そして月だけが照らす湖。なんだかまるで、殺人現場にでもなりそうな――。観光地として認知され整備された今ならまだしも、そんな一昔前の暗い山中を、その地に住み慣れた人間が、果たして恋話の舞台として提案するものなのだろうか。
と、推論ばかりを並べていても仕方がない。そう考えた私は、何かより具体的な手がかりを求めてB町の観光案内所へと赴いた。
引き戸を入って右手前の角、四方と天面をガラス板に囲われた状態で、それは飾られていた。当時、男が告白の際に女に贈ったと伝えられている指輪である。その真ん中に佇む紅い石が今も艶めかしく輝いている。金色の輪が照明の光を反射しているのを見るに、こまめに手入れがされているらしい。
そうやってまじまじと黒い台座の上を見つめていると、ふと背後から声をかけられた。振り返ってみれば、そこには中年の女性が朗らかな笑みを浮かべて立っていた。おそらく、観光案内所に常駐しているというガイドだろう。
ガイド:こんにちは。『呼び捨て山』の話はもうお聞きになりましたか?
私:はい。初心で素敵な話ですよね。
ガイド:そうでしょう。こちらの指輪は、その告白の際に女性にプレゼントされたと伝わっている指輪なんです。アームは真鍮製で、あの紅い石はルビーだそうですよ。
私:へえ……。随分綺麗ですけど、今でもかなり手入れされているんですか?
ガイド:ええ、そうなんです。週に一度、必ずガイドが指輪を磨いています。
私:毎週ですか。それは大変ですね。
ガイド:頻度は多いかもしれませんが、やってみると意外にもそう難しくはないんですよ。何より一番大事なのは、真心を込めて磨くことですからね。
私:なるほど。そんなに丁寧に扱ってもらえているなら、持ち主である言い伝えの女性もさぞ喜んでいらっしゃるでしょうね。
ガイド:そうだと、いいですね。その方が、私たちとしてもやりがいがあります。
そういって口角を持ち上げた彼女の頬が、少しひきつった。ガイドが妙なタイミングで言葉を詰まらせたのが気にかかった私は、この話をさらに深掘りしてみることにした。
私:ただの言い伝えにしてはすごく大切にしていらっしゃるように見受けられるんですが、どうしてそんなにも念入りに手入れされているのでしょう? 何かきっかけなどがあったのですか?
ガイド:そうですね……。このお話のおかげで本当に多くの、特に若い世代の方々がこの町に観光にやって来て下さるようになったので、そのお礼とでも申しましょうか……。
私:観光客に見られる機会が増えたから指輪を磨くようになった、と?
ガイド:ええ、まあ、そんなところです。
私:ここに来るのは初めてなので、私が知らないだけでしたら大変申し訳ないのですが……。この指輪は、この町が観光地化される前には展示されていなかったのですか?
ガイド:いえ。私がガイドとしてここで働くより前から同じように飾られていたとお聞きしています。
私:ちなみに、その際の手入れはどのように?
ガイド:……。
ガイドは気まずさげに口をつぐみ、辺りを一瞥した。そこで私は咄嗟に名刺を取り出し、「場所を改めて話を伺いたい」とボールペンで書き添えて、手渡した。彼女が困惑した表情ながらもしっかりとそれを受けとったのを確認すると、私はその場から立ち去った。
ガイドと再び顔を合わせたのは、翌々日のことだった。あの晩には既に連絡が来ていて、B町の最寄りから一駅離れた駅前の喫茶店で私たちは落ち合った。
ひと通り挨拶を済ませたところで、ガイドはおずおずと口を開き、あの指輪について話し出した。(彼女の言葉を私の記事としてまとめ直すのは容易なことだが、ここではあえてそうしなかったことを明言しておく。現地の方の生の証言ほど貴重なものはないので、以下でじっくり堪能してほしい。)
「えっと、どこからお話したらいいのか……。そもそも、あの指輪は寄贈されたものではないんです。いわくつきの一品、とでも言いましょうか。B町に『呼び捨て山』の伝承があること、そしてあの指輪が当時のものであること、それらは事実です。しかし、それ以外はほとんど虚構と言っても過言ではありません。
現在、皆さんの間で広められている『呼び捨て山』の伝承は、ある作家さんにお願いして組み立てていただいた一つのシナリオなんです。つまり、ただの作り話なんですね。となると、どうしてそんなものを作らなければならなくなったのか、という問題に焦点が当たる訳ですが……。いえ、先に正しい『呼び捨て山』の由来をお話しましょうか。このお話は指輪の手入れを担当することになったガイド全員が聞いている話だそうなので、おそらくですが、限りなく真実に近い内容だと思います。
B町には以前、悪い風習があったんです。濁さずに言えば、村八分であったり、間引きであったり、そういうことですね。そのために使われていたのが、『呼び捨て山』なんだそうです。とはいっても、当時はまだそんなふうには呼ばれていなかったそうですが……。ともかく、日が沈んでからあの山へ連れて行き、人を湖に沈めてしまう、なんてことが町の一部の人間によって繰り返し行われていたそうです。
そのB町に、とある男が引っ越して来たんです。その男は裕福な身分で、町民にとってあらゆる方向で利をもたらしたものですから、そう時間が経たないうちにすっかり馴染みました。ただ、実はその男、女癖が悪かったんですね。町の別嬪さんをとっかえひっかえして……嫌々男に連れて行かれてしまった女性には悪いですけど、町民は皆金に目がくらんでいましたし、それだけならまだ大した問題はなかったんです。
「女を捨てたい」、と。男がそう言ったんです。つい魔が差してひっかけた女が、あまりにもしつこく後を追いかけてくる。あなたがくれた赤い指輪が愛の証だとか、おかしなことを言って聞かないんだ。いくら断ってもついてくるものだから、いっそ殺してしまいたい――。そんな男の愚痴を聞いたある人が、教えてしまったんです。殺すのに最も都合がいい場所、『呼び捨て山』のことを。
話を聞いた男は、意気揚々にその場を立ち去りました。そして、女性を「大切な話がある」とか適当な理由で山へ呼び出すと、そのまま湖に沈めて殺してしまったそうです。
「女を呼びつけておいて捨てるなんて、あんた以外にはできやしねえな」と、その話を聞いた町人が笑いまして、――――それが『呼び捨て山』という呼び名の本当の由来です。
では、あの指輪は何かと言いますと、その殺された女性が身に着けていた、彼女が男から貰ったというものです。最初に申し上げました通り、あれは寄贈されたのではなく、発見されたんです。
女が沈められた翌日、親の言いつけを破って山へ遊びに行った子どもが、あの指輪を持ち帰ってきたのだそうです。少年が言うには、「山道に落ちていた」と。男は確かに指輪に見覚えがあったので、それを気味悪がって、『呼び捨て山』を教えた町人に相談しあの湖へ捨てに行ってもらいました。しかし、またその次の日、今度は狩猟に出かけていたお爺さんが、同じように指輪を町に持ち帰ってきたんです。その翌日も、翌々日も……湖に捨てようと、土に埋めようと、ごみの山に投げ入れようと、その指輪は必ず誰かの手によって男のもとへと持ち帰られました。しかも不思議なことに、真鍮の部分は日に日にさび付いていくにも関わらず、台座にはめ込まれたあの紅い石だけはいつも濁ることなく輝き続けていたというのです。いよいよ男は耐え切れなくなって、「もう二度と、指輪を自分の前に持って来るな」と叫び散らしました。しかし、それでも指輪は男のところへ戻ってきました。どういうことかというと、人がまるで何かに憑かれたように、両手で一つの指輪をすくい上げて男の前に現れるようになったそうです。そうして男が指輪を認識した途端、はっと目が覚めたように、男の言いつけを破ってしまったことを慌てて謝罪するのです。
奇怪な現象が続き、男が気を病み始めると、今度は男の周りの女性たちにも変化が表れ始めました。男と一夜を過ごした者は一日中ひどい頭痛に襲われ、二夜を過ごせば卒倒し、三夜を過ごした者は奇声を上げてその晩のうちに死にました。
この指輪に関する一連の出来事は、男の自死をもって収まりました。町人に懇願して手に入れた薬で、服毒自殺したのです。最後に指輪が見つかったのは、男の眠っていた布団の中だったそうです。
男の死を知って震えあがった町人は、いよいよこの禍々しい指輪をどうにかせねばなるまいと考え、たまたま町を通りがかった霊媒師に相談しました。するとやはり、あの指輪には男に殺された女性の霊が憑いており、彼女は捨てられることをひどく恐れているということがわかりました。その結果、こうして代々指輪をまつり上げることになったのです。
……そうして時が流れ、今ではその役目が観光案内所のガイド、つまり私たちに回ってきた、というわけです。だから、毎週しっかりお手入れをして、ああして皆さんにご覧いただける形で台座に飾っているんです。気づかれる方はめったにいらっしゃらないと思いますけど、実はあの台座の裏にはお札もちゃんと貼られているんですよ。でも、そういうことを知って観光客の方が離れられると困るので、……というか、それ以前に町の人口も減ってきているので、作家さんにお願いして観光地のイメージアップになりそうなお話を考えていただいたんです。」
ガイドは、それで自分の知っていることは全てだと言った。私はなるほどと納得して、残りの時間は他愛もない雑談をしてから、その日は彼女と別れた。
しかし一人きりになった帰り道、ふと疑問が浮かんだ。ガイドの話が正しければ、指輪に憑いた哀しき女性の霊についてはきちんと処置がされている、ということになる。であれば、私が女性から聞いた体験談に登場したあの怪物は何だったのだろうか――――。
数日後、都合をつけて私は再びB町の観光案内所を訪れた。以前話をしたガイドはおらず、代わりに別の中年男性がカウンターの奥でつまらなそうな表情をして地方紙を眺めていた。
私は指輪の飾られたガラスケースの前に立つと、胸ポケットに刺さっていたボールペンをわざと落とした。そして、それを拾うふりをして台座の裏側を覗き込んだ。
そこには、乾いた糊の跡と、剥がれ切らなかったらしい薄い紙の端が残されていた。
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「――――っていう話を、オカルト雑誌の出版社に送ってみようと思うんだけど。どうかな?」
「「どうかな?」じゃないですよ、全く。駄目に決まっているでしょう」
「えー」
「先生、そんなふうに言っても駄目なものは駄目です。観光協会から正式にクレームが来るのでやめてください。……大体、なんで自分で作った『呼び捨て山』の話をわざわざ悪い方向にもっていこうとするんですか?」
「前の話でつられて来る若者もそろそろ減ってきたんじゃないのかい? だったら新しい顧客を狙う必要があるだろう」
「もっともらしいことを言ってますけど……実際そう上手くはいきませんからね? 色恋に浮かれた若者とオカルトマニアなんて、結局どちらも同じくらいトラブルの種ですよ。頼まれてもいないのにそんな面倒ごとを引きいれたら、それこそ余計なお世話です」
「ちえ。つまんないねえ」
「というか、実現できるかどうかもわからないものに、よくこれだけの労力を費やしましたね……?」
「これくらい大したことじゃないよ。噂と一緒さ。火があれば煙が立つように、一つの軸さえ掴めれば、それを膨らませるのは至って簡単なことだよ」
「なるほど。どこでその「軸」とやらを掴んできたのか、僕にはさっぱりわかりませんが……」
「何を言ってるんだい? 君も他人事じゃないだろう」
「え?」
「君は自分の兄貴が死んでしまったことも忘れちまったのかい?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました~!