4・私の秘密
「マルカ様は、ずっとずっとおひとりでこの男爵家を守ってくださっていたのに――どうして。どうして、今日に限ってこんな仕打ちを!」
アミは責め立てるように彼らに言った。
「当主様が残した巨額の借金があったにも関わらず、この屋敷を売らず、寝る場所にも、食べるものにも、衣服にも困らず暮らせていたというのにっ!」
隠し続けていたこの家の秘密を盛大に暴露されて、私は一瞬、頭が真っ白になった。
「……しゃ、借金……?」
「何よっ。何なのよ、どういうことなの!?」
「マルカ! あなた、一体今まで私たちに黙って何をしていたっていうの!?」
一気に空気が変わる。
姉様ふたりと母様から、それぞれの感情が乗った視線が飛んできた。
「静粛に――。こちらのお方は、本日より男爵家の当主マルカ・サージェ・ペルルシャ様であらせられる」
セバスティアンは懐から、それを抜き出す。
男爵家の封蝋が押された封筒から取り出されるのは、私がこの家を継ぐことを決めた時に交わした契約書だ。
「五年前、莫大な借金を抱えていた旦那様は、マルカ様の才能を見込まれて彼女を養子に迎えようとされました」
「――セバスティアン!」
アミに続いてセバスティアンまで勝手に秘密をあばいてしまうから、私は焦る。
「そして、マルカ様はお母君とメルティア様も男爵家に迎えることを条件に、本来であれば旦那様が亡き後もリリアーネ様が背負うべきだった責務を代わりに果たすという契約を呑まれたのです」
しかし、そんな私のことは横に置いて、彼は物凄く分かりやすい説明で私と男爵様の契約を教えてしまった。
険しい顔付きに変わった公爵様が、目線だけで部下にその契約書の回収を求める。
すでに契約は履行され、私は今日の零時に男爵家当主となった。
公爵様の手元に契約書が渡っても、こればかりはどうにもできない。
ここまで暴露されては、私も何も言うことがない。
いや、予想外のことばかりで、何も言葉が出てこなかった――。
「――――どうやら、事実みたいだな」
しばらくの沈黙の後、彼は告げる。
「巨額の借金って、どういうことなの!?」
公爵様の発言を理解して母様が、顔を真っ青にし、その場に座り込んでしまう。
それを支えるために、メルティア姉様も一緒に床に膝をついた。
今後の生活について、一気に不安がのしかかって来たのだろう。
「すでに借金は完済されています」
彼女たちを一瞥したアミが、端的に答える。
「リガーレ通信。マルカ様が運営されている会社です」
ざわり、と。
姉様たちだけでなく、その場にいた公爵家の騎士たちも揺れた。
有難いことに、今となってはその名を知らぬものはいないほどの企業に成長している。
資産に困ることはないと、彼らにも理解してもらえたようだった。
「……な、なら、ずっと自分の部屋ではなくて書斎にいたのは……」
「仕事をされていたからです」
「セバスティアンに付いて外出していたのは!?」
「仕事をされていたからです」
「食事の時間になっても、いつも食卓に来なかったのは? 夜になっても明かりが付いていたのは?」
「仕事をされていたからです」
順番に、リリアーネ姉様、メルティア姉様、母様が尋ねる問いに、アミが全て同じ答えを返した。
「どうして今まで黙っていたの!?」
母様の真っ当な疑問に、私はびくりと肩を揺らす。
「――そんなの、あなた方が知ったら状況が悪化するだけだと分かっていたからに決まっているではありませんか!」
アミは、はっきりばっさり言い切った。
「だから、成人を迎える今日まで、当主様との約束を守るために必死におひとりで努力されていたのに……なのに!」
彼女はぎりりと歯を食いしばる。
「マルカ様がリリアーネ様を虐げたことがございましたか? 確かにマルカ様の言葉は淡々とされているから冷たく感じたかもしれませんが、一度でもきちんと目を合わせていらっしゃれば、その配慮に気がつくことだってできたはずです……!」
「アミ。もういいから――」
「よくありません! あなたは殺されそうなんですよ!?」
初めて叱責されるものだから、私は息を呑む。
「マルカ様はお母君とメルティア様を刺激しないようにと気を付けながら、リリアーネ様に手を差し伸べられておりました。男爵家を継ぐ前に、今は亡き旦那様との約束のためにリリアーネ様に幸せになってもらおうと、自分のことはそっちのけで嫁ぎ先まで準備して――!」
「アミっ!!」
それ以上は言ったらいけない。
そう思って叫んだけど、遅かった。
「…………そうか」
公爵様が口を開いた。
「全て、お前が仕組んだことだったのか」
彼は悟ってしまった。
いや、あそこまで言ってしまえば、誰もが気がつくだろう。
「俺が欲していた情報をやる代わりに、リリィと結婚するように持ち掛けたのは、お前だったんだな」
ハッと、リリアーネ姉様は公爵様を見上げる。
裏があるとは思っていたが、そんな事情があったとは知らなかったとでも言うような視線だ。
「………………謝りませんよ」
私は覚悟を決めた。
もしこの事を機に、リリアーネ姉様と公爵様の仲が違えたら、責任を取るしかない。
いや、もし駄目だったら元々、リリアーネ姉様には違う人や場所を探し与えるつもりではあったから、大きく見れば想定内だ。
ここで謝るなんてことはしない。
最初から、私が勝手に始めたことで、母様や姉様と同じように悪気なんて微塵もないのだ。善人ぶるつもりはなかったけれど、所詮、血は争えないというやつなのかもしれない。
「ああ。謝るな。俺も謝らない」
そして、返って来たのは、そんな答えで。
公爵様は片手を上げる。
それは撤退の合図だった。
「……そこの地下に入っている荷物、持って帰ってください。全部リリアーネ様のものです」
私は彼女を姉様とは呼ばなかった。
ここまで好き勝手やって、彼女のことを姉とは呼べない。
リリアーネ様だって、私のことは苦手か、もしくは嫌いだろうし、無理して仲良くなることはないのだ。
「あ……、マルカ……」
「何かあれば、慰謝料を請求してください」
口ごもるリリアーネ様に、私は告げる。
「……それと、アミは私の方で預からせてくださいませんか。きっと公爵様ならすぐに代わりのメイドも見つけてくださるでしょうから」
「問題ない」
ふむ。やはり、彼にリリアーネ様を任せてよかった。
こんな事になっても、彼女から離れようとしない男に、私はそう思う。
「――次はないぞ。そこで座り込んでいるお前の母と姉に、よく言い聞かせておくんだな。当主殿」
「しかと胸に刻んでおきます」
それが、マルカ・サージェ・ペルルシャ、十六歳の誕生日会の終幕だった。