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2・義姉のメイドは知っている



 わたしの名前はアミ・フレッタ。

 つい先日までペルルシャ男爵家に勤めていたメイドです。

 今は、リリアーネ・ペルルシャ様と一緒にやってきたガイアロン公爵家で働いています。


「あ、あの……っ」

「じっとしていろ。体調が悪いんだろ」


 そして、わたしの主人は、噂と違って眉目秀麗な旦那様に横抱きにされて自室のソファに運ばれる最中です。

 どうしてそんな事になっているのかといえば、がらりと変わった環境にリリアーネ様のお身体がついて行かず、旦那様の前で倒れそうになったから。

 怪物と呼ばれるガイアロン公爵にリリアーネ様が嫁入りすると聞いた時には驚きましたが、やはり、マルカ様の目に狂いはありませんでした。


 あのお方には未来でも見えていらっしゃるのでしょうか?

  

 最初は不安もありましたが、旦那様とリリアーネ様の仲はどんどん深まっています。

 リリアーネ様は旦那様に着飾られて美しく前を向き始め、旦那様は旦那様でリリアーネ様の健気で純粋なお心に癒されているようです。

 なんて相性のよいふたりなのでしょう。

 マルカ様の采配に、わたしは大きな拍手を送りたいです。


 昔は、物静かでどこか冷たい人だと思っていましたが、マルカ様は家族想いの素敵な方だと思います。

 亡き男爵様が背負った借金を完済し、今では王都きっての資産家になりつつあります。

 ずっと家のために、ご自分の時間を犠牲にしてまで、たったおひとりで働いていらっしゃる姿には胸を打たれました。

 男爵様は天才を見つけたとおっしゃっていましたが、本当にその通りです。

 マルカ様は男爵家に遣わされた天使なのではないでしょうか。


「細すぎる。こんな風になるまで、男爵家で何をさせられていたんだ」


 しかし、マルカ様の努力をほとんどの人間が知りません。


 リリアーネ様の苦労が減るように、メルティア様のような豪華な食事は準備できずとも、わたしに指示を出して食事の準備や身の回りのものを用意させてくださいました。

 借金を背負っていたこの家で、食べるものに困らずに生きていけるのは、マルカ様のお力あってこそ。


 女主人の肩書だけを振るう奥様に逆らうことは難しかったですが、マルカ様のおかげでリリアーネ様は路頭に迷わず済んでいます。


 それに、わたしもきちんとお給金をいただけるから、この屋敷のメイドを辞めずにリリアーネ様の側にいることができました。

 あの方の配慮のおかげで、わたしはまだ幼い兄弟がたくさんいる実家に仕送りを続けることができているのですから。

 

「あの家の使用人は、義務を果たせていないんじゃないか?」


 探るように、睨むように。

 わたしに向けられたのは、怪物と呼ばれる旦那様の射抜くような視線でした。


 リリアーネ様に不便をかけていたことは、弁明のしようもありません。

 奥様が自分勝手に使用人を入れ替えるので、わたしも身動きが取れなくなってしまったり、庇うのが難しかったりと。

 そんなことは分かった上で、わたしはもっと上手くリリアーネ様をお守りしなければならなかったのです。


「……ち、違いますっ。アミは、彼女は、私の味方です……!」


 その視線の意味を読み取ったリリアーネ様は、すぐに反論してくださりました。

 有難いことですが、わたしなんかの働きは、マルカ様に比べれば大したものではございません。

 わたしはマルカ様が望まれた通り、リリアーネ様の味方でいるという仕事を遂行しているだけなのですから。



「――――なら、家族か」



 そして、旦那様はついにそれを口にされました。


「そ、れは……」


 リリアーネ様の反応は肯定も同然でした。

 今までずっと、リリアーネ様が避けていた話題。

 それを悟った旦那様も、このお話を今日まで言葉にされることはございませんでした。



「言ってくれ。義母と義妹たちを裁けと。俺にその許しをくれ」



 旦那様の告白は、すべてを確信していました。

 否――。たったひとつ、義妹()()という言葉を除いて。


「ち、違うんです……。わ、私が、私が至らなかったから……」

「それは違うと、お前も分かっていたはずだ」


 旦那様はリリアーネ様の手を握り、その目を彼女から離しません。


「どうして、ここに来て初めて俺と食事をした時に泣いていた?」

「……っ」

「どうして、たった一着、俺が選んだだけのドレスを抱きしめた?」

「それは……っ」

「どうして、お前は夢の中でも苦しめられている?」

「…………」


 とめどなく繰り返された問いの最後。

 悔しそうに顔を歪めた旦那様に、リリアーネ様は沈黙されました。

 

「全部、お前が享受すべきものを、奪われていたからだ。お前を大切にしなかったやつのせいで、お前が苦しむことなど俺は許すことができない」


 彼の真っ直ぐな瞳と言葉から、逃げることなどできないでしょう。

 リリアーネ様は口を小さく開け閉めすると、何かを堪えるようにぐっと唇を噛み締め――その目から涙をこぼしました。


 それを見た旦那様は、リリアーネ様を抱きしめます。


「泣いていい。もう我慢するな。お前には俺がいる」


 旦那様の腕の中でリリアーネ様は泣き崩れました。


 ――すべてが、あまりにも上手く行き過ぎている。

 そう思ったのは、自分の胸のざわめきを無視できなかったから。



 そして、その予感は最悪の形となって当たってしまうのです。




「――始末しろ。リリィを傷つけたあの家の全てを」




 その日の夜。

 小さく開いた扉の隙間から、それは聞こえました。


 声の主の異名は――怪物公爵。


 彼の手は千を屠る剣。

 彼の口は万を噛み殺す牙。

 そして、悪を一つも見逃さない目が、マルカ様の命に狙い定められている。


 驚きに息を呑み、愕然としました。

 このままでは、マルカ様が危ない。

 慎重に部屋から離れて、わたしは自分に与えれた部屋に駆け込みました。

 早く、この事をマルカ様にお伝えしなければ。


 この時のわたしは冷静なつもりでした。

 しかし、それは大きな思い違いで。


 切れ者の怪物公爵が、どうして無防備な部屋で、あんな大切な話をしたのか。

 その違和感に気がつくことができなかったのです。


 ――だから。



「やはり、お前もあちら側の人間か」



 マルカ様に情報を送ろうとしたのを待ち伏せされていたとは、露にも思っていなかった。


「この手紙はどこに差し出すつもりだった?」

「……っ!」


 旦那様の部下に取り押さえられ、わたしはガイアロン公爵家の地下室に入れられていました。

 旦那様は直々にわたしの前に赴き、その眼光を突き刺し、微塵も殺気を隠していません。

 迂闊だった。

 どうしてもっと考えが及ばなかったのだろうか。

 そう後悔しても、後の祭り。


「言えないだろうな。あの家に送るつもりだったなんて」


 ハッと鼻で笑う彼には凄みがありました。

 ……申し訳ない。

 わたしのせいで、またマルカ様にご負担がかかってしまうかもしれない。


「――アルベルト様!」


 悔しさに唇を噛んだところに、リリアーネ様の声が響きました。


「……リリィ。なぜ来た」


 旦那様は眉間に深い皺を寄せます。


「おやめください! きっと何かの間違いでっ。アミは私の敵なんかじゃありません!!」


 リリアーネ様は旦那様を止めようと、必死に訴えかけてくださいました。

 しかし、手紙の内容を読めば、彼女は失望することでしょう。


 旦那様は回収した手紙を、そっと開いてリリアーネ様に向けます。



 ――セバスティアン。

 わたしたちの主人をお守りください。



 たったそれだけの文字。


「昨日、このメイドには俺が男爵家の人間を排除すると聞かせた。……もう、分かるだろう」


 旦那様の言葉に、リリアーネ様は膝から崩れ落ちました。

 ずっと味方だと思っていたわたしが、奥様の手駒に見える執事長と内通していたことにショックを受けてしまったのでしょう。


「ど、どうして……アミ……」


 旦那様に支えられながら、リリアーネ様はわたしを見上げます。


「……申し訳ございません」


 わたしが言えるのは、謝罪の言葉だけでした。


 マルカ様に任された、何があってもリリアーネ様の味方でいる、という任務を果たすことができなかった。

 あのお方に危機を知らせることもできず、こうしてのこのこ敵地で捕まってしまった。


「ずっと、私を騙していたの……?」

「…………」


 なんと言ってマルカ様にお詫びすれば良いのでしょうか。


「誓って。――誓って、貴女様を傷付けようなど思ったことはございたせん」


 最後の足掻きに、わたしは真っ直ぐリリアーネ様の目を見つめました。

 昔は、長い前髪で見えなかった彼女の目は、すっと大きく見開かれます。


「それなら、この主人が誰か、言えるよな?」


 しかし、わたしはこの状況から逃れることはできないでしょう。

 リリアーネ様は庇ってくれても、旦那様は見逃してはくれません。


「……それは口にすることができません」


 わたしは黙秘することを決めました。

 リリアーネ様は勿論大切なお方ですが、わたしはマルカ様だけは裏切れない。


「まあいい。他のやつに聞くだけだ」


 申し訳ございません、マルカ様。

 どうか。どうか、ご無事で――。




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