空を見ろ
空を見上げる、少女。
僕は、彼女を見るのが怖かった。
正確に言えば、彼女が見ている空の先に何があるのかを知ることが恐かったのだ。
彼女は流里という名前で、隣のクラスにいる地味な女の子。
クラスメイトに正体を聞いた時、少なくとも、化け物、妖怪、宇宙人などなど。
そういった人知の及ばない存在ではないことに、ひたすら安堵したものだ。
積み木を土台から積み上げなければ、高く積み上げられないように。
彼女の情報を地道に集めなければ、この日も声を掛ける決断には至れなかっただろう。
「何を、見ているの」
考えてみれば、僕の行動は不審極まりなかった。
女の子の素性を各方面に聞いて回るなど、あらぬ噂をたてられてもおかしくないのだ。
だけど、そういう噂は一切たたなかった。
その理由をあえて探ることは無意味だと、思考を切り捨てる。
「そこにいるのは、誰かしら。私に、何か用があるの?」
彼女の応対は、おおよそ自然なものだった。
一点おかしな所があるとすれば、眼球が空に固定されたように動かなかったことだ。
声は震えており、必死に何かを伝えようとしている。
そしてその答えは、彼女の見ている空の先にあるのだろう。
「いいや、特に用は無いよ。休憩中に、邪魔したね」
早々に、話題を切り上げる。
その異常が日常の些細な一コマに過ぎないと、自身に言い聞かせるように。
正気を保つために、あえてその事実を言葉にはしない。
「1065日と6時間と53分と21秒」
彼女が唐突に、日付と時刻を告げた。
そして、眼球を動かしこちらに向けて口角を上げると笑顔を見せる。
「言われなくても、分かっているさ」
さっき彼女から視線を逸らした瞬間に、思わず空を見上げてしまったのだ。
僕の眼球はその一点に向かって徐々に動き出し、固定される。
気づくと、流里の姿はその場から立ち去っていた。
「今度は、僕の番か。しかし、随分と距離が近いな」
絶望すらも、あれにとっては娯楽の一つなのだろう。
目を少しでも逸らせば、瞬く間にこちらまでやって来る。
ぎょろりと眼球を落としそうなぐらいに目を開けて、血の涙を垂らしながらこちらを見ていた。
その黒髪は泥をかけたようにカサつき、皮膚は紙のように白くて。
もう、説明はこれぐらいで良いだろう。
「空を見ろ」