宿り花
エリザベスは、内戦が勃発したことにより他国へ逃亡することを決める。
そのために彼女は髪を刈り取り、服を汚した。
王族であることが知られれば、身に危険が及ぶ可能性があるからだ。
「私を、馬車に乗せてください」
御者は金を受け取ると、馬車の後ろに乗るように目配せをした。
車輪の音と共に、かつての生活が遠ざかる。
父母の無事を祈りながら、エリザベスは揺れる車内で静かに眠りについた。
橙色のランプの光が、薄く開いた目に柔らかく入り込んでくる。
目を覚ました時、エリザベスの前には男の姿があった。
「失礼しました。私はこの修道院で庭師をしているベネディクトと申します」
彼は、定まらない視線で深く礼をする。
おそらく、視力を失っているのであろう。
それだけではない。彼の身体からは、無数の花が生えていた。
「ああ、これは宿り花と呼ばれる寄生植物の一種でして」
ベネディクトはそれだけ言うと、「では」と部屋を出て行ってしまう。
代わりに修道女が、施設の中を案内することを申し出た。
この修道院では、難民の他にも病気や怪我をした人間も収容している。
ベネディクトもその一人であり、宿り花の治療のためにここで暮らしているのだという。
だが、既に余命を宣告されており、あと数ヶ月しか生きられないらしい。
修道院には、同年代の子どもも多く暮らしている。
だが王族である彼女は、民衆と何を話せば良いのか分からずに困惑していた。
自然に人混みを避けて、彼女は暗い部屋の隅に移動していく。
「他人が、お嫌いですか」
気づくと、ベネディクトがエリザベスの隣に立っている。
彼は自身の身体から一輪の花を摘み、それをエリザベスに渡した。
「私の生命を吸って花が咲き、それを誰かに与える。それが、私の生きる意味です。あなたは、誰かに何かを与えたことがありますか」
その問いに、エリザベスは答えられない。
王族として民衆から税を搾取し、豪奢な暮らしを続けてきた。
彼女は、これまで自身が他者に何も与えてこなかったことに気づく。
「この花は、受け取っておくわ。そして、誰かに渡してみる」
「その意気です。きっと、喜んで貰えますよ」
ベネディクトの言う通り、エリザベスは徐々に修道院での生活に馴染み始める。
だが、彼の体調は悪化し、ついには息を引き取った。
彼女の心は、悲しみに包まれる。
だがそれ以上に、彼から学んだ生き方と死ぬ時の穏やかさに触れ、心は穏やかだった。
「あなたに、渡したいものがあるの」
エリザベスは自身の身体から花を摘むと、それをベネディクトの棺桶に静かに供える。
金色の花は、彼の安らかな顔にそっと淡い光を投げかけていた。