赤茶けた狼と灰女
都会の色は混ぜこぜで、濁り、濁り、濁り、灰となる。
広い世界に、一人ぼっち。
そこだけ神様が塗り忘れたように、アルビノの少女は白く世界に浮き立っていた。
赤茶けた狼は、そんな彼女に血に染まった爪で口紅を塗ってやる。
「おとぎ話の世界では、狼は悪者だと聞いていたけれど。あなたはとっても、優しいのね」
彼女の視界に映る全ての物が白くぼやけていく中、その赤だけははっきりと。
ああ、はっきりと広がり地面を染めていく。
灰色に染まっていた世界にただ一輪、美しく血の華を咲かせていた。
「遺伝子の異常によって起こる、視覚障害。伴い、光に対する過敏性」
彼女は人生の大半を、生きる手段を知るために費やした。
かつてこれほどまで、自己について考えた存在がいただろうか。
だが辿り着いた結論は、どれも悲劇的な結末を迎えてしまう。
それでも考えるのをやめなかったのは、彼女が希望を捨てなかったからだ。
「色素の不足は皮膚がんに対する脆弱性を意味し、外に出ることは滅多に叶わない」
他の人間は、彼女の苦悩をとても計り知れないだろう。
血はたぎり、外へ出たい、太陽を見てみたい、世界の色を感じてみたい。
彼女の身体中の細胞がそんな風に、出来ないはずのことを要求する。
赤茶けた狼は荒れ狂い、檻から解放される瞬間を待ち侘びていた。
「赤茶けた狼さん。私をその色で、染めてちょうだい」
気づかれないように檻を出て、ようやく外の世界を見ることが出来たのに。
不運と邪悪が重なって、彼女は足を踏み外し転落して死んでしまう。
その表情には、恐怖も絶望も無かった。
彼女は街の人間にとって神秘的な存在で、幸福の象徴だった。
アルビノの少女に、穢れがつくことは許されない。
だからこそ、彼女は何に染まることも無くこの古い時計塔の中に閉じ込められていたのだ。
「絵の具の白は、混ざり合う。だけど、私は白のまま」
彼女の呼吸が消えた時、赤茶けた狼もまた都会の喧噪へと消えていく。
都会の色は混ぜこぜで、濁り、濁り、濁り、灰となる。
完全に絵の具が街に溶けた時、もう誰一人としてその色を覚えてはいなかった。