扉絵(プロローグ)
「濃厚でブラックな、ダークチョコレートはいかが?」
目の前に、メイド姿の少女が現れる。
それは、退屈凌ぎの余興に過ぎなかった。
俺は召喚士としての技能を悪用して、禁忌の魔術を行使したのだ。
彼女の名は、アリステラ。
古の世界を裏から牛耳ったという、邪悪な悪魔だ。
「それは、何かの暗喩か。それとも、冗談なのだろうか」
「いいえ、貴方にチョコレートを渡したいだけよ。とびっきりダークな、贈り物をね」
召喚の代償として腕の一本や二本は持っていかれると思っていた。
それなのに、アリステラは子供のような純粋な瞳でこちらを見つめている。
「それなら、一つ貰おうか。貴様の遊びに付き合ってやる」
それがただのチョコレートだとは、信じていなかった。
そして、実際に違ったのだ。
口に入れた瞬間、舌が痺れるような感覚に襲われる。
「何だ、これは。誰かの記憶が、流れ込んでくるようだ」
「それは、ダークチョコレート。誰かの悲劇の、物語」
彼女が持つ銀のプレートから、もう一つダークチョコレートをつまむ。
今度は、また違う記憶が流れ込んできた。
先ほどと統一されているのは、その物語が痛みを伴うほどの悲劇に溢れているということだ。
「気に入ったかしら。手に取る度に、味が変わるのが魅力なの」
「なるほど、退屈な人生に飽き飽きしていた俺には丁度良い」
他人の悲劇は、平凡な日常を彩る花だ。
それは、少し棘があるくらいが丁度良い。
「だが貴様は何故、このようなことをしているのだ」
一体、どんなメリットがあるというのだろうか。
彼女はくすりと笑い、「貴方を試してみたの」と舌を出す。
「本来このダークチョコレートは、人間が食べると即座に発狂してしまう毒になるの」
「ならば何故、俺は無事なのだ。毒に耐性でも、あるというのか」
「そのようね。それなら、どこまで耐えられるのか試してみようかしら」
嗜虐的な笑みを浮かべて、彼女は銀のプレートを差し出した。
果たして、チョコレートが無くなるのが先か、俺の頭がおかしくなるのが先か。
「どちらにしても、俺に選択肢は無さそうだ」
「その調子よ、それではあなたの旅路の無事を祈っているわ」