第三章 其ノ壱
目を覚ますと、どこか懐かしい色の天井が広がっていた。
寝ぼけた頭のままむくりと状態を起こし、キョロキョロと辺りを見回す。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
そう言えばと、仕事を休んで旅行に来ていたことを思い出した。
どうやらここは集会所の一室のようだ。
ゆっくりと立ち上がり大きく伸びをする。
すると、外で何やら話し声が聞こえた。
襖に近づきそっと開ける。
玄関の上がり框に腰を下ろした佐々木が誰かと喋っていた。
そして、こちらに気がついたのか、佐々木は立ち上がり近づいてきた。
「身体の調子はどうですか?」
どこか複雑な表情を浮かべながらささは問う。
「あ、はい。おかげさまで……」
状況が全く読み込めていないが、なんとなく不穏な空気は感じ取れる。それにあてられてか、吐いた言葉は尻すぼみしてしまう。
「恭平から連絡があって、すぐに向かったのですが——当の本人は一体どこに行ったんだか」
「恭平……」
咄嗟に首筋を触った。
こりこりとした血の塊。その下がチクリと痛む。
「そうだ——恭平は、恭平はどこ行ったんですか?」
気を失う寸前のことが脳裏をよぎった。
彼には聞きたいことが沢山ある。
「いや、だから自分たちもわからないんですよ。恭平からきた連絡も、猿渡さんが車にいることと、円香が——えっと……」
佐々木は不意に目を逸らし、言いづらそうに言葉を濁した。
「円香さん? 彼女に何かあった——」
そう言って慌てて口を塞ぐ。
自分の妹と名乗る人物が、円香を殺したことを思い出した。
もしかしたら、佐々木はそのことを知らないのではないだろうか。
「あの……ごめんなさい」
咄嗟に、謝罪の言葉が溢れた。
「いや、猿渡さんに謝られても……なんというか」
佐々木は拳を握りしめ、悔しそうな表情を浮かべている。
「恭平から話は聞いています。うちの——うちの妹が、その……取り返しのつかないことをしたと」
基子本人に妹がいた記憶がないとはいえ、身内を名乗る人物が罪を犯したことにかわりはない。
「妹? ああ、そうでしたね。でももう大丈夫です。それと——これ、先にお渡ししておきますね」
佐々木はポケットから小さなペンダントを取り出した。
それを基子は受け取る。
「なんですかこれ?」
天然石だろうか。勾玉の形をした透明な石が、ナイロンコードで結ばれている。
「えっと……お守りのようなものですね」
「お守り?」
「はい。まあ、正確には猿渡さんの『御箱』なんですが……」
「御箱? あっ! あれですよね! オボシナサマがうんたらかんたらの!」
「……えぇ、まあ、そんなところです」
佐々木は苦笑した。
「まあ、巫女になるつもりがないのであればあまり関係の無いことなのですが」
「いやいやいや! 巫女さんだなんて絶対になりませんよ! 私なんかにそんな大役が務まるはずないですもん! ここはやっぱり円香さんに頑張っ——」
基子は口を噤んだ。
再び気まずい空気が流れる。
佐々木は小さく息を吐くと、ふるふると首を振りながら言った。
「起こってしまったことは仕方ありません。誰を責めても、失ったものは還ってこないのですから」
「……でも」
「それよりも、恭平のやつを探さなきゃですね。全く、こんな時にどこほっつき歩いてるんだか」
基子の言葉を遮るようにして、今度は大きくため息をつき言う。
「恭平——」
基子は再び首筋を摩った。
彼に噛みつかれたことは、気のせいではない。




