第二章 其ノ伍拾参
御神体の周りは多少なりとも整備されていたものの、その奥は獣道すらなかった。
大きく伸びた草木を足で踏み倒しながら進む。
しばらくして、小さい祠のようなものが見えてきた。
そのまわりは綺麗に草木が刈り取られ、広場のようになっている。ぐるりと周りを見回すが、ここまでに至る道のようなものは見当たらない。
——なんでここだけ?
恭平は不思議に思いつつも、ゆっくりとその中に足を踏み入れようとしたその時。
「恭平、止まれ!」
腕を捕まれ、無理やり薮の中へと引きずり込まれる。
「ちょっと、円……っ!」
そして、そのまま手で口を塞がれる。
「しっ!」
円香は自分の唇に指を立てると、すぐに祠を覗き込むように視線を向けた。
それに倣うように恭平も目線を向ける。
祠の後ろにはうずたかく何かが積まれていた。
その横には、月明かりに照らされた基子の姿があった。
手に何かを持っている。
——サッカーボール?
彼女はそれを意味ありげに見つめている。
すると、飽きた玩具のようにぽいっと積まれた何かに投げ入れた。
ゴンと鈍い音がなり、コロコロとその山から地面に転がり落ちる。
恭平は思わずそれを目で追った。
「——ひっ!」
大きな声が出そうになったところ、慌てて口を噤む。
地面に転がり落ちたそれは、サッカーボールなどではなかった。
それは——人間の頭部。
その僅か音に気がついたのか、基子は傍らに置いてあった大きな塊を手に取った。そして、それをぞりぞりと引きずりながらゆっくりと近づいて来る。
さわさわと凪ぐ優しい風が、緊張で噴き出した脂汗をひんやりと冷やし通り過ぎていく。
ごくりと生唾を飲み込み、近づいてくる彼女の足取りを見つめる。
すると、隣で身を潜めていた円香が急に立ち上がった。
「やあ、こんなところで会うとは奇遇だね」
その言葉に、ぴたりと足を止める基子。
「何言ってるんだか。私がここにいるのわかってて来たんでしょ」
彼女は怒りの色を滲ませ答える。
「あたしもたまたまここに用事があったんでね。ところで嬢ちゃん——いや、薫って言ったっけ。こんなところで何してたんだい?」
「私が何しようとあんたには関係ないでしょ」
「そうかい。じゃあ、同じくこっちが何しようともあんたには問題ないね」
円香は草むらから出ると、薫の前に立ちはだかりすっと銃を構えをみせた。
「なんのつもり?」
怪訝な表情を浮かべる薫。
「わかってるんだろ?」
その言葉はどこか嬉々としている。
円香の考えた作戦とは、とても大雑把なものだった。
まず円香が薫と戦い疲れさせる。その後に恭平の血を吸わせる。どういうわけか鬼は吸血行動の後、すぐに眠ってしまうらしい。そこを捕縛して、基子の中の鬼を封印する。
色々と疑問もあったのだが、円香の「大丈夫だ」と力強く確信めいた言葉に恭平はこくんと頷くしかなかった。
草葉の陰から二人の様子を伺う。
タタタッと円香の銃が音を立てた。
それと同時に、キキンと金属同士がぶつかる音が響く。
薫の手にある塊が、きらりと月明かりを反射させ光った。
それを見た恭平は、思わず息を呑んだ。
薫の手に持っていたものとは——普通ではありえない大きさの鉈だった。
彼女の身長の半分はあろうかという長さに、中華包丁のようにマチが深く、まるでゲームの世界から取り出したかのような武器。
薫はそれを手の内でくるりと大きく回転させると、両手で柄を握り力強く地面を蹴って円香に向かって突進してきた。
そして、そのまま上段から振り下ろす。それを円香は銃で受け止める。
ガキンと大きな音が響いた。それと同時に円香は飛ぶように後退した。
「なかなかやるじゃないか」
そう言って円香は再び銃を構える。
銃口から火花が飛び散ると、先程と同じように薫は鉈を盾のように使い弾をはじき返した。
そしてそのまま横に駆け出す。
円香もそれを追いかけるように身体を捻る。
薫が急に足を止めた。僅かに銃の照準が外れる。
その瞬間、薫は大きく上に飛び上がり円香目掛けた鉈を振り下ろした。
さすがにこの攻撃は受け止めきれないと判断したのか、円香は足だけで側転しながら後ろに下がった。
ザグっと地面に鉈が突き刺さる。
円香はすぐに体勢を立て直し銃口を薫に向けると、今度は薫の足蹴りが銃を捉えた。銃は円香の手から弾かれ空中を舞う。
「くっ!」
どうやら鉈の柄を使って前方に飛び蹴りを繰り出していたようだ。
そして着地と同時に拳を前に繰り出す。
円香はそれを平手でいなす。
お互いに武器を手放し、まさかの肉弾戦になる。
素早い手足の応酬。
風を切る音に加え、肉体がぶつかり合う鈍い音が響く。
すると、顔を目掛けて放った円香の拳をギリギリのところで後ろに避けた薫は、くるりと回転しながらその腕を取って、円香を地面に叩きつけた。
ダンと鈍い音が響きわたる。
円香はダメージを受けたかと思いきや、薫の腕を振り払って体を横に捩り、まるで地面で鞍馬でもするように低い姿勢のまま足蹴りを放った。
「きゃっ!」
円香の足蹴りは薫の脹脛を捉えた。勢いに耐えきれずバランスを崩す薫。しかし、倒れる寸前に片手を地面について側転しながら距離をとった。




