第一章 其ノ捌
「あー、いたいた。って、マドカ! お前……」
民宿『おぺら座の海神』の店主、佐々木がいそいそと基子の元へとやってきた。そして、マドカの横に腰掛ける。
「お前、うちにお客様に絡むのやめろよな。猿渡さん、すみません。こいつ、お酒が入るといつもこうなんです」
佐々木はそう言ってまどかの頭を小突いた。
「痛てーな。別にあたしが誰と喋っていようとお前には関係ないだろ」
「関係あるの! うちの大事なお客様だぞ!」
「えっ! てか、お前のところまだ民宿やってたの?」
にやにやとしながらマドカはわざとらしく言った。
「やかましいわ! 猿渡さん、本当に騒がしくしてすみません」
佐々木はまどかの肩をペチンと叩き、こちらを気遣うように小さく頭を下げた。
「いえいえ、全然大丈夫です」
基子は胸の前で小さく手を振る。
「佐々木! お前も飲めよ!」
マドカは佐々木の肩に肘を乗せて言うと、手を上げて店員を呼び、ビールを一つ追加していた。
「どうでした初日は? 変わったところでしょう」
微苦笑しながら佐々木は言う。
「今の方が驚いてますけど……みなさん、すごく仲が良いんですね。なんというか、みんな友達みたいな」
基子の質問の意味を計りかねたのか、佐々木は周りを見回して「あぁ」と頷いた。
「なにしろ、島民が少ないですから、みんなで協力しあって生活しているんですよ」
優しく微笑み、佐々木は言葉を続けた。
「ただ、友達と言うより大きな家族の方がしっくりくるかな。例えば、誰かが漁や釣りに行って魚が獲れればおすそ分けが回ってくるし、畑をやっている人は周りに野菜を配ったり。それと、村のライフラインである荷物の配達も手の空いてる人がやったりしますね」
「えっと、荷物の配達員さんはいないんですか?」
「いやいや、もちろんいますよ。ただ、こんなに小さな村だから、専門的な仕事以外はみんなで手分けしてやったりしますね」
「専門的な仕事、ですか?」
基子が不思議そうに聞くと、佐々木は顎に手を当てて考え込んだ。
「うーんと、そうですね。例えば、この横で酔っ払っているマドカ——藤井円香って言うんですが、こう見えて医者なんです」
くつくつと笑いながら佐々木は言った。
「こう見えては余計だ! どこからどうみても医者だろうが!」
ビールを煽りながら円香は声を荒げて言うと、同じような音量で佐々木も言い返す。
「お前のどこが医者に見えるんだよ!」
「ほれ。この服とか白いから白衣っぽくね?」
胸の部分を引っ張りながら、真面目な顔をして円香は言った。
「「……」」
「二人して黙るなよ!」
基子と佐々木は黙ったまま顔を見合わせた。
「医者や学校の先生のように、その人以外に代わりがいないような仕事はできませんが、誰でもできるような仕事はみんなで協力して助け合ってるんですよ」
「つっこめよ!」
円香は佐々木の肩を掴み、ぐらぐらと揺すりながら訴えているが、佐々木はそれすらも無視している。
基子は笑いを堪えるようにして、俯き気味にお酒を口に運んだ。