第二章 其ノ肆拾陸
「えっと、円香さんの鬼に名前はあるんですか?」
「名前?」
「そうです。鬼の固有名詞」
円香は「うーん」と唸りながら腕を組み考え始めた。そして思い当たったのか明るい表情で言った。
「うん、ないな」
「ないんかい!」
思わずツッコミを入れる。
「なんと言うか、オボシナサマとの繋がりっていうのは力を使う使われるだけの関係なんだよ。もちろん神様だから敬意は払うけどね。例えば——恭平が大事にしているペンがあったとする。『書きやすい』とか『手に馴染む』とかで愛着があったとしても、名前まではつけないだろう?」
「まあ、確かに……」
例外が頭をよぎった。
自分の自転車でもないのに、「ちゅんちゅん丸」と名付けたとある人物。
ただ——
「いや、そう言うことじゃなくて、鬼本来の名前だって!」
円香は渋面を浮かべた。
「本来の名前って、そんなものわかるわけないだろ。さっきも言った通り、力を使う使われるだけの関係なんだ。オボシナサマ本来の名前なんて些末なことだよ」
「そう、なんだ……」
もしかしたらと期待していただけに、ショックで肩を落とした。
「恭平は鬼の嬢ちゃんがオボシナサマかと思ったってことだろ?」
「うん。でも、薫は自我があった。自分のことを『源薫』って言ってた。だから、オボシナサマに名前があればもしかしたらって……」
「ちょっと待て。恭平、今なんて言った?」
「えっ? オボシナサマに名前があればって——」
「いや、その前だ! 鬼の嬢ちゃんの名前」
「えっと、源薫だけど……」
それを聞くと円香は「はあ」と大きくため息をつき顔を覆った。
「まさかそんな関係があったとはねえ」
「えっ、何?」
「嬢ちゃんは恐らく、八丈島の『源家』の人間だよ」
「八丈島の『源家』って、あの源家か?」
円香の言葉に驚いたのは佐々木の方だった。
「ああ、そうさ。あたしの嫌いな本家の人間だよ」
「嫌いな本家って、円香さんもその源家なの?」
「まあ、あたしは分家だけどね」
「初耳なんだが?」
すかさず言葉を挟む佐々木。
どうやら機嫌があまりよろしくなさそうだ。
「別に聞かれなかったからね。言うほどのことでもないし」
「いや、それがわかってればあの時だって——」
佐々木がガタンと椅子から立ち上がると、その音に驚いたのか、黒猫はストンと床に下りた。
「いや、すまない……今はそんな話をしている場合じゃないな」
そしてゆっくりと椅子に座りなおした。




