第二章 其ノ肆拾肆
「おーい。誰もいないのかい?」
その聞き覚えのある声に、二人はほっと息を吐いた。
「な、なんだ、円香か」
佐々木はそう言うと、ドアに近づきガチャリとノブを回した。
扉の向こうには円香が立っている。
そして、円香は事務所の中に入ってくると、パイプ椅子に腰掛けながら言った。
「相変わらずつまんない部屋だねここは」
「部屋につまるもつまらんもないだろ」
扉を閉めながら至極当然のように言葉を返す佐々木。
確かに、この部屋に面白いものなど一つもない。
棚には研究資料が収められているだけで、宿の事務所というよりも大学の研究室だ。
「ところで、どうしたんだ? 村のみんなと作戦会議をしてたんじゃないのか?」
佐々木は円香とは反対側のパイプ椅子に腰掛け言った。
その横に恭平も座る。
「ああ、さっきまでしてたさ」
円香は肘をテーブルに乗せ手を組むと、どこかで見たことのある司令官のようなポーズをとった。
「結論から言うと、嬢ちゃんは捕まえるのではなく、退治する方向に決まった」
その言葉に心臓がドクンと跳ねた。
頭からサーと血の気が引いていく。
佐々木は「そうか」と残念そうに言葉を漏らした。
「いや、ちょっと待ってくれよ! 退治するって、薫を殺すってことだろ? それって殺人じゃんか! 薫とやってること同じだろ!!」
恭平は椅子から勢いよく立ち上がると、テーブルに手をついて身を乗り出し言った。
「恭平、落ち着け。これは仕方のないことなんだ。みんなの——村の総意だ」
「だからって——」
佐々木の言葉が、呪詛のように頭に絡みついた。
唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。
「恭平、仕方がないんだ」
そして、宥めるように続ける。
「仕方がないってなんだよ。仕方がなけりゃ薫は、基子は殺されてもいいってことかよ!」
わなわなと全身が震えた。
腹の奥から沸々と怒りが込み上げてくる。
「恭平、落ち着け!」
「落ち着いてるよ!!」
だんっと強くテーブルを叩いた。
突然のことに驚いた佐々木はピタッと動きを止めた。
「恭平、あくまでもこれは村の意見だ——あくまでもな」
その様子を静かに見ていた円香が意味ありげに口を開いた。
訝しげに円香を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。
「円香さん?」
「恭平、あたしが倒れた時になんて言ったか覚えてるかい?」
「倒れた時?」
「嬢ちゃんに最初にやられた時だよ」
基子のお祓いに失敗して、大里神社の倉庫入口で倒れた時のことだろう。
こうして円香本人が目の前にいるとはいえ、胸がちくりと痛んだ。
「ああ……確か、基子を助けてくれだっけ」
「その通り!」
円香は嬉しそうにパチンと指を鳴らした。
「その通りって……」
円香の意図が見えなくて、恭平は困惑した。
「そのまんまの意味さ。恭平、嬢ちゃんを助けるぞ!」
「「えっ!」」
突然のことに佐々木と言葉が重なる。
「いや待て円香。お前、さっき猿渡さんを退治するって言ったばかりじゃないか!」
「それが?」
「それがってなあ」
頭をガシガシと掻きながら、はあと大きくため息をつく佐々木。
「だから、一体どう言うことなんだよ」
そして、訝しげに円香を見つめる。
「そのまんまの意味さ。あたしは嬢ちゃんを助ける。もちろん、恭平と一緒に」
「だけど、村のみんなは——」
「そんなの知ったこっちゃないよ! あたしが助けたいんだ。それだけで十分過ぎる理由だろう?」
佐々木は大きく肩を落とし、再びため息をついた。
「そういうことだ恭平。頑張れよ」
そしてポンと背中を叩かれる。
「えっと——」
「そうと決まれば早速作戦会議だよ恭平!」
そう言って楽しそうに笑う円香。
いつの間にか一緒に基子を助けることになっている恭平は、混乱したまますとんと椅子に腰を落とした。




