第二章 其ノ肆拾参
「まずはジジがいい例だな。あの子に憑いてるオボシナサマの能力は意識の共有。そうだな——動く監視カメラと言った方がわかりやすいか」
「監視カメラ?」
「そうだ。ジジが見ているものや感じたものがオボシナサマを通じて円香に戻る」
「ああ、だから薫は覗きがどうのって言ってたのか」
円香との邂逅で薫が悪態を突いていたのを思い出した。
「そう。それに円香にはもっとすごいのも憑いてる」
「もっとすごいのって?」
佐々木は「ふう」と息を吐き出すと、静かに口を動かした。
「鬼だ」
「えっ? 鬼って——それじゃ薫と同じじゃ」
再び佐々木は首を横に振った。
「違う。猿渡さんの——彼女の存在がなんなのかは断言はできないが、円香はオボシナサマが持っている鬼の力を使えるんだ」
「いや、でも鬼なんでしょ? それって危険なんじゃないの?」
オボシナサマとはいえ、鬼であれば危険があるのではないだろうか。
薫のように突然の吸血衝動や殺戮衝動が起こらないとも限らない。
「大丈夫だ。鬼のオボシナサマは、円香自身の意思でしっかり管理されている」
そう言い切る佐々木の瞳はまっすぐと恭平を見つめている。
「そ、そう」
その力強さに、思わずたじろぐ。
「そういえば、恭平は鬼の力については知らないよな?」
「鬼の力って、怪力とか吸血とかってこと?」
「まあ、それも一つではあるが——じゃあ、猿渡さんや円香が死なずにどうして無事だったかわかるか?」
「えっ? いや——全然わからない」
恭平は思わず目を伏せた。
あの時の映像が、フラッシュバックのように脳裏に映し出される。
「鬼は、吸血鬼は自己治癒能力が高いんだ」
「自己治癒能力が高い? って死んでも生き返るってこと?」
基子は確実に腕と胸を撃たれていた。
胸に関しては致命傷だった。
しかし、あれを「治癒」というにはその範疇を超えているように思える。
「なんというか、正確には死んでいないんだ。死なないというには少し乱暴だが、ほぼそれに近い」
「死なないって……」
基子は自分が「鬼」だったおかげで一命を取り留めた。
高い自己治癒能力、「超再生能力」のおかげで。
「でも、鬼の薫はそうだとしても、薫にやられたはずの円香さんは?」
「おそらく円香は、一時的に鬼の力を使って自分の傷を治したんだろう」
「一時的って、そんなのどうやって……」
——吸血鬼である薫が自分の身体を治すのは理解するとしても、人間である円香さんにそんな力なんて……
恭平ははっとした。
「ちょっと待って。もしかして、オボシナサマの能力で重症を負っても治るってこと?」
佐々木はこくりと頷いた。
「まあ、私も実際に見たのは初めてだ。前に円香から少し話を聞いていただけだからな」
ごくりとつばんを飲んだ。
医者だからというわけでもないが、オボシナサマの能力で他人の傷も治療できる。
そして、自分が致命傷を負ったとしても鬼の力で治してしまう。
「それに、反応速度なんかも上がる。運動能力全般の向上だな。ただこれも、常人じゃ考えられないくらいの向上だ」
「じゃあ、あの動きも鬼の力を借りたってこと?」
薫との戦闘で見せた俊敏な動き。
円香は彼女のサマーソルトをいとも簡単に避けていた。
「ああ、多分な」
抜群の運動神経に、ほぼ死ぬことがない超再生能力。
その他、オボシナサマ多数。
——どんなチート能力者だよ。
思わず乾いた笑いが口から漏れた。
「鬼」の能力が標準装備の薫。
その「鬼」の力を借りることができる円香。
吸血衝動や殺戮衝動など、むしろ燃費が悪そうなのは圧倒的に薫のような気がした。
——まあ、自身の種族に関係するものなのだから、選ぶということ自体がおこがましいか。
恭平が黙って考え込んでいると、事務所のドアがコンコンとノックされた。
突然のことに空気がピリつき、佐々木と二人で顔を見合わせ固まる。
——まさか。
薫がカルデラの内に逃げたとはいえ、こちらに戻ってこないとも限らない。
嫌な汗が背中をつつっと伝った。




