第二章 其ノ肆拾
恭平の知る限り、基子と薫の切り替えはどちらかの意識がなくなった時に代わっている。
恐らく今回もそう言うことなのだろう。
基子が怪我を負ったショックで、自身もパニックになり失念していたことを悔いた。
「ちょっと恥ずかしいから、どこか室内に行こうよ。って、もしかして恭ちゃん、外が良かった? 本当に、変態さんなんだから」
頬を赤らめ、どこか嬉しそうに薫は言う。
「いや、そんなことは——」
唐突に左手の人差し指を唇に押し付けられた。
思わず仰け反る。
「お前、左手は大丈——っ!」
そしてそのまま両腕を首に絡ませ、唇を重ねてきた。
彼女の血の味が口の中に広がる。
恭平は薫から逃れようともがいた。しかし、自分を拘束する力は強く、びくともしない。
薫は満足したのか、恭平を拘束から解くと、そのままゆっくりと立ち上がった。
そして、唖然としている佐々木の方に向かい歩き出した。
「ちょ、ちょまっ! 薫っ!」
恭平は咄嗟に立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。どうやら、基子を座った状態でしばらく抱えていたせいで痺れてしまったようだ。
「くそっ!」
佐々木は恐怖で動けないのか、その場にへたり込んだままだった。
そこへ——
草場の影から何かが勢いよく飛び出した。
そして、佐々木の前で止まると薫に立ちはだかり威嚇し始めた。
——ジジ!
黒猫は毛という毛を逆立たせると「ウー!」と勢いよく唸っている。ピンとそそり立った尻尾は、普段の倍くらいの大きさになっていた。
「また使い魔か」
少し呆れた様子の薫。
「やれやれ、なんとか間に合ったね」
恭平の後ろから、聞き慣れた声がした。
振り向くとそこには——
「えっ! ま、円香さん?」
ブルーデニムに白シャツを着た円香が軽快な様子でこちらに歩いてくる。
「ちっ!」と舌打ちをして、円香を睨みつける薫。
「円香さん、一体どうして? だってあの時——」
基子のカミソウゼに失敗して、彼女の体を奪った薫に殺されたはずだ。
しかし今、元気な姿で颯爽と現れた。
ポンと肩を叩かれはっと我に返る。
「恭平にしちゃ頑張ったじゃないかい」
もう見ることもできないと思っていた少し疲れたその笑顔。
聞くことさえできないと思っていた酒焼けで嗄れた声。
胸の奥からこんこんと込み上げてくる感情を抑えることができなくて、いつの間にか涙を流していた。
「心配かけてすまないね」
感情の波が声帯を上手く震わせることを許さず、恭平はぶんぶんと首を横に振った。
「さてと、ここからはあたしらに任せな」
円香はキッと薫を見つめた。
薫は相変わらずこちらを睨んだままだった。




