第一章 其ノ漆
「へぇ、わざわざ一人で東京からここまでやってきたのかい。ってここも東京都だけどな!」
ワハハと大きな口を開けて豪快に笑う、知らない女の人。
基子は散策でくたくたになりながら宿に戻ると、「地元の人と話すのも面白いですよ」と佐々木の勧めもあって、宿からほど近いこの居酒屋に足を運んでいた。
暗闇に淡い光を放ちながらぽつねんとぶら下がる赤提灯。暖簾の先のガラス扉から漏れ出る優しい明かり。カラカラと小気味良い音を鳴らし店内に入ると、中はすでにワイワイガヤガヤと賑わっていた。こういった小さな島の居酒屋は寂れているのが当然だろうと私意していた基子。失礼だとは思いつつも、想像と違ったことに一瞬面食らってしまった。
お酒を飲み、騒ぐ島民の熱量に圧倒され、端の方にコソコソと座る。手を上げて店員を呼び、島の名産の芋焼酎「あおちゅう」と水割りのボトルを注文する。
佐々木の提案を無下にするのは心苦しいが、昼間の時とは違い、数人が輪になって話しているところに割って入っていけるほど度胸はない。
お酒をちびりちびりと飲みながら、基子はなんとなく他のお客さんの話に聞き耳を立てた。
しかし——この島の人は皆、「だいたい友達」なのだろうか。どこそこの誰々さんが——と一人が話すと、さっきまで他のグループで喋っていた人が、急に話に参加したり相槌を打ったりしている。
基子が独り晩酌をしながら思案していると、今、目の前に座っているこの女性がビールジョッキを片手に話しかけてきたのだった。
女性は椅子の上であぐらをかきながら、大きな声で笑うたびに豊満な胸を揺らしていた。女の基子でもついつい目がいってしまう。見る限りほとんど化粧をしていないのに、整った顔立ちもあってか、ときおり魅せる何気ない仕草が妙に色っぽくてドキッとする。
しかし——「長袖」と書かれた白の半袖Tシャツ。セクシーなのに、それだけがものすごく残念だった。
「マドカちゃん。だめだよ、こんなかわいい子困らせちゃ」
「うるせぇ。あっちで、みんなと飲んでろ。って、お前のところこの間、孫が生まれたばっかだろ。さっさと家に帰りやがれ!」
知らないおじさんが女性の後ろを通るときに話しかけていた。罵声を浴びせられ、逃げるように自分の席に戻っていく。どうやら、彼女の名前は「マドカ」というらしい。
「皆さん、全員お知り合いなんですか?」
つい先程から気になっていたことを聞くと、マドカは「うぉん?」と唸り、また大きな声で笑いだした。
「当たり前だ。ここの人口知ってるかい? 日本で一番人口の少ない村だ。何せこの店にいるので全部だからな」
そう言ってまどかは辺りを見回して、にっと満面の笑みを基子に向けた。
「冗談だ」
再び大きな声で笑いだす。良い意味で言えば豪快。悪くいうと——品がない。喋らなければ……とはこういう人のことかと基子は思った。
あははと苦笑いをしながら、どう返して良いのか困っていたところ、入口のガラス扉がカラカラカラと開いた。