第二章 其ノ参拾捌
言葉が出てこなかった。
「居眠り運転のトラックが突っ込んできてね。後ろに座らされた私だけ無事だった」
基子は立ち上がり、柵に向かって歩き出した。
「私も車の中で寝ちゃってて、起きたら病院のベッドの上。しかも奇跡的に無傷」
そして、くるりと踵を返し恭平の方を向き言う。
「もちろんいっぱい泣いたよ。今でも思い出すと、ちょっと辛いかな。でもね、落ち込んでても前に進めないじゃん。それに今はおじいちゃんやおばあちゃんも居るし」
基子は地面の石を蹴った。
「両親との思い出は?」
「優しかったのは憶えてるんだけどね。どこかに連れて行ってもらったとかは、あんまり記憶にないんだよね」
「そっか——」
俯き言葉を返した。
「多分、その事故の時が初めての家族旅行だったんじゃないかな」
基子は再びベンチまで戻ってくると、すとんと腰を落とした。
「ほら、大したことないでしょ」
基子は恭平の方を向くと、にこりと笑顔で言った。
「いや——ごめん、なんて言っていいかわかんないわ」
衝撃すぎて、思わず彼女から目を逸らした。
幼い少女には重すぎる出来事だ。
「ううん。でもね、恭平には本当に感謝してるんだよ」
感謝されるようなことをしたつもりはなかった。
ただ、彼女の言葉にどれほどの気持ちがこもっているのかがみえて、こちらが何を言っても軽くなってしまう気がした。
「大変な時に、いつも側にいてくれてありがとう」
恭平はそう言った彼女の瞳を見つめた。
優しい眼差しに、つい見惚れる。
「ところで、後どれくらいで着くのかな?」
慌てて言葉を返す。
「あ、ああ。ここからだと十分くらいかな」
「そっか。結構近いんだね」
基子は再び立ち上がり、くるりと軽快に回ると恭平の方に手を差し出し言った。
「行こっか!」
恭平は「ああ」と頷きその手を取った。
「で、どっちの道?」
基子は左右の道を交互に見ながら聞いてきた。
「えっと、右だな」
「オッケー。じゃ、出発!」
そう言って楽しそうに先に進んでいく基子。
両親の死がトラウマになっているのではないかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
であれば、薫はどこから現れたのだろうか。
「ところでさ、恭——」
突然ドーンと大きな音が鳴った。
森の中から鳥たちがバサバサと逃げていく。
「一体何が——」
目の前を歩いていた基子ががくりとうずくまった。
「えっ! ちょっ、基子?」
駆け寄ろうとして、再び大きな音が鳴った。
慌ててその場にしゃがみ込む。
「銃声? ……っ!」
うずくまっていた彼女がどさりとその場に倒れた。
「基子? おい、大丈夫か!」
急いで近づいて膝をつき彼女を抱え起こす。
白いTシャツの左腕と胸の部分が、赤薔薇のように真っ赤に染まっていた。
次第にそれはじゅくじゅくと大きくなっていく。
「おい、基子!」
「恭……へ……ごほっ!」
喋ろうとして咳き込み、大きく血を吐き出した。
ひゅーひゅーと空気の漏れる音がする。
「もういい! 喋るな! すぐに俺が病院まで連れて行くから!」
恭平は彼女の胸の傷口を手で押さえつけた。しかし、血は止まる気配をみせない。
「ご……ごめん、ね……」
「謝るなって! 絶対大丈夫だ! すぐに助ける!」
彼女の頬を一筋の涙が溢れ落ちる。
それと同時にかくんと首が力を無くした。
「基子? おい! 基子っ!」
彼女の体を揺さぶるも、なんの反応もない。
「えっ、ちょっと待てよ。まだ逝くなよ! 基子っ! おい! 基子っ!!」
恭平の頬にも涙がなぞる。
「基子っ……」
恭平は動かなくなった彼女を強く抱きしめた。
すると、森の中からがさがさと何かがこちらに向かってきた。
びくりと体を震わせ、恐る恐る音のする方に視線を向けた。




