第二章 其ノ参拾弍
「ううん、でもこれじゃだめ。そうだ、私が止めなきゃ——」
突然、ぶつぶつと独り言を漏らす基子。
「急にどうした?」
恭平は再び基子の顔を覗き込む。
「恭平! 私、その自称妹を止めてくる!」
どこか決意に満ちた表情を浮かべ基子は言った。
「えっ? 止めるってお前、相手は吸血鬼だぞ」
「そんなの関係ない!」
「いや、関係ないって言っても——」
基子はふるふると頭を振った。
「本当かどうかわからないけど、もし私の妹だったら一度会って話がしてみたいの。それに、家族だったら尚更私が止めなきゃ!」
「いや、その決意の熱意がわからん」
「だって、生き別れた妹がいたら会いたいじゃない」
「でもな、相手は吸血鬼だぞ?」
「それでもなの!」
基子の気迫に押され、恭平はたじろいだ。
「それでも——唯一の肉親に会いたいってことは変なのかな?」
どこか儚げに基子は言った。
「唯一って、鎌倉にお婆ちゃんたちだっているだろ」
恭平の言葉に基子は首を振って否定した。
「——お婆ちゃんとお爺ちゃんは、本当の家族じゃないから」
「えっ? ちょっと待て。それは初耳なんだが」
「うん。誰にも話したことはないし」
恭平は「そうか」と小さく頷いた。
基子は大きく息を吐くと、ゆっくりと語り始めた。
「うちの両親さ、実は駆け落ちして一緒になったみたいなの。本人たちがそう言ってたわけじゃないんだけど、他の子みたいにお爺ちゃんお婆ちゃんの家に遊びに行くこともなかったし、私も小さいながらにそういうものなんだって思ってた。でも、小学校に入って、そうじゃないんだって気がついた。うちは特殊なんだって。恭平だって夏休みとか親の実家に遊びに行ってたじゃない?」
「あ、ああ。埼玉に爺さん婆さんがいるな」
「でしょ。私にはそういうのが全くなかったから」
俯き悲しそうに語る基子。小さく息を吐き出すと、窓の外の灰色の空を見つめ言葉を続けた。
「お父さんとお母さんが事故で死んじゃって、お葬式の時に身内って呼べる人が全くいないことに気がついて……本当は私、施設に預けられることになってたんだけどね。今のお爺ちゃんとお婆ちゃんが引き取ってくれたの。その当時は会ったこともない人と家族になるのは不安だったけど、今はすごく感謝してる。この二人が私を引き取ってくれて良かったって。私って幸せものだなって」
基子は恭平の方を向き直ると、優しく笑った。
「私にとって鎌倉のお爺ちゃんお婆ちゃんは、血のつながり以上に大切な家族。だけど——妹もそういう人たちに出会えたのかなって。もしかしたらどこかで寂しい思いをしてたのかもしれない。だから吸血鬼になって暴れちゃったのかも。だったら姉である私が支えてあげなきゃ。それに、両親のことも多分知らないだろうから伝えなきゃ」
恭平は基子から目を逸らした。
嬉々として語るその眼差しが眩しすぎた。
どう足掻いても会うことはできない。
とはいえ、基子にこのことは話せない。
やるせ無い気持ちが胸を締め付け歯噛みする。
すると、基子は「よし」と言って唐突に立ち上がった。
「じゃあ、探しに行こうか!」
「えっ! ちょっと待てよ。探すって、どこにいるかもわかんないんだろ」
恭平だけが知っている。
「大丈夫! なんとかなるよ!」
どこにそんな根拠があるのだろうか。彼女は楽しそうに笑い言った。
恭平は頭を掻き呆れるそぶりをみせた。
——怖がって怯えてしまうよりはマシか。
ただ、いつ彼女が薫になるかがわからない。
見張っておく必要もある。
「わかったよ。俺も探すの手伝うから」
「やった! ありがとう、恭平」
そう言った彼女の口元が、不敵に笑ったように見えた。




