第二章 其ノ参拾壱
「な、なに?」
じっと見つめられたせいか、どこか恥ずかしそうにしている基子。
「なあ、基子。一つ聞いていいか?」
「ど、どうしたの急に」
彼女は髪を耳にかけた言った。
「お前って、妹っていたっけ?」
「妹? え、いないけど」
「だよなぁー」
言葉とともに大きく息を吐く。
「それがどうしたの?」
「いや、ちょっと気になっただけ」
恭平は顎に手を当て考え込んだ。
——だとすると、薫が言っていた基子の妹とは妄言なのか?
「そっか。ところでカミソウゼ、だっけ? それってうまくいったのかな?」
「カミソウゼ? あぁ、そうだった」
基子の中ではお祓いが終わって眠ってしまい、今に至るとなっているようだ。
心配そうにこちらを見つめている。
どう説明したらいいのか戸惑い、恭平は逡巡した。
「ああ、大丈夫。うまくいったよ」
震えそうになる声を抑え、にこりと笑顔を貼り付ける。
基子はそれを聞いて安堵の声を漏らした。
「よかったぁ」
ずきりと胸が痛んだ。
「ところで、さっきから外がうるさいけど何かあったの?」
「外? あぁ」
玄関先から漏れ聞こえるサイレンの音が気になったようだ。
「ちょっと村の方で火事があったみたいでさ」
「えっ? それって大丈夫なの?」
「大丈夫だって。ここから離れてるし」
「そうじゃなくて、消防車とかあるのかなって」
「お前、この島のこと馬鹿にしてるだろ」
恭平は目を細めると、じとっと基子を睨んだ。
「違っ! こ、これだけ本島と離れてるから、そういった設備とか大丈夫なのかなって心配になっただけだって!」
慌てる基子。
「平気だろ。村人が一丸となって助け合うようなところだし」
とはいえ、叔父さんの手伝いでたまにくるだけの恭平も本当のところはよく知らない。
「そ、そうだよね」
どこか居心地が悪そうに基子はつぶやいた。
「それより、体調は大丈夫か?」
「体調? 普通だけど、なんで?」
「そっか。それならいいんだ」
不思議そうに首を傾げた基子は、次第に頬を膨らませた。
「ねぇ、さっきから様子がおかしいんだけど、やっぱり何かあったんでしょ!」
基子はずいっと恭平の方に身を乗り出し聞いた。
「いや、別になにも——なくはないんだけど……」
その気迫に仰け反るも、反論できる答えが見つからず肩を落とす。
「恭平、一体なにがあったの?」
さらにむいっと近くなる。
これ以上隠していても仕方がなさそうだ。
それに、彼女のためにも多少なりとも事情を話しておいた方が懸命だろう。
「実は——」
恭平はことのあらましを簡単に説明した。
基子の妹を名乗る『源薫』という吸血鬼が現れたこと。
そして、その薫に円香さんが殺されてしまったこと——
ただ、基子の中に薫が居ることだけは伏せた。
基子が人を殺したわけではないとしても、きっと彼女は罪悪感を感じて傷ついてしまう。
それだけは、してほしくない。
恭平の話が終わり、余りに浮世と離れたことが現実に起こっていることに驚きを隠せない様子の基子。
ふるふると小刻みに震えている。
「これってどうしたら良いのかな? そうだ! 警察に行ってどうにかしてもらおうよ!」
基子はがたんとソファーから立ち上がった。
恭平はそれを手で静止させ、首を横に振る。
「えっ、ダメってこと?」
「ダメじゃなくて、もう……」
「もうって?」
唇を噛み、俯く。
沈黙が答えだった。
察した基子はその場でへたへたと力なく座り込んだ。
「そんなことって、あるの……」
「残念ながら、現実だ」
「ねぇ、どうしよう! あれ? ちょっと、待って……もしかして、この島から出れないってこと?」
涙を浮かべ慌てる基子。
「そうなるな」
「帰れないのは困る! 仕事だってあるし、それに……」
基子は何かを言いかけ、思い出したかのように俯いた。
「大丈夫か?」
そう言って恭平は基子の顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫」
「とりあえず、今はここで大人しくしてるしかないかも」
「そ、そうだよね」
小さく放たれた言葉が、ころころと床に転がった。
重苦しい空気が、時間の流れを遅くさせる。




