第二章 其ノ参拾
基子ははっとして恭平の肩から手を外し、さっと後ろに距離をとった。
そして、恥ずかしそうに俯くと、自分の白衣の惨状に気がついた。
「えっ? ちょっとまって。な、なにこの汚れ!?」
白衣には赤黒い飛沫がベッタリとついている。
「ねえ、恭平。こ、これって、もしかして……血?」
ふるふると小刻みに震える基子は恐る恐る恭平に問うた。
——まずいな。どう説明しよう。
彼女は薫の存在を知らない。
白衣についた汚れが本当に血だとしても、薫が基子の体を操りやったということは伏せたほうがいい気がした。
何か良い案はないかと頭をフル回転させていると、霊大祭で使う祭具の中に、ちょうど良さそうなものがあるのを思い出した。
「あぁ、それなんだけど、車の中に霊大祭で使う荷物があってさ。基子を運んでくる時に、うっかりこぼしちゃったんだ。ごめん」
わざとらしくならないように、たははと申し訳なさそうに言う。
「え? こぼしったって……これ、なんの汁?」
汚いものでも見るかのように嫌な顔をしながらくんくんんと匂いを嗅ぐ基子。
「えっと、確か——鶏の生き血」
「ひっ!」
びっくりしすぎたのか、基子はその場で固まった。
「その——ごめん」
恭平は両手を合わせ高く上げると、頭をぺこりと下げ言った。
「なっ、な、なんで、鶏の血が車の中にあるの!」
「それは、霊大祭って家畜の血とか首だけの像とか使うんだよ。まぁ、ちょっと変わってるけど田舎のお祭りなんてそんなもんだろう?」
慌てふためく基子に、いかにもな理由をつけて誤魔化す。
「うー、そ、そうなんだ」
嫌そうに服の汚れを引っ張り覗き見ている。
はだけた白衣の隙間から、ちらりと白い肌が見えた。
恭平は慌てて目を逸らした。
「じゃあ、ちょっとシャワー浴びて着替えてくるね」
基子はそう言うとバタバタと二階に消えていった。
どうやらうまく誤魔化せたようだ。
申し訳ないと内心思いつつも、本当のことは口が裂けても言えない。
恭平は床に落ちたブランケットをソファーの肘にかけ、先ほどまで彼女が眠っていた場所に腰を落とした。
しばらくして、シャワーを浴び、着替えを済ませた基子が戻ってきた。
某有名アウトドアブランドの白いロンTに黒いタイトめなスカートを合わせている。
「なんか、珍しいな。基子がスカート履くなんて」
その姿を見て、恭平は言った。
「そう? お店だとよく履くんだけどね」
基子はそう言って、恭平の座っている隣のソファーに腰を下ろした。
「なんかいつもデニムとか履いてるイメージだったからさ」
「そんなことないけど。でも、それは単に恭平が私に興味なかったからでしょ」
「違っ、それは——っ!」
慌てて否定するが、言葉に詰まる。
「と、とにかく、今大変なことになってって、しばらくは外に出ないほうがいいかも」
そして、誤魔化すように言葉を紡ぐ。
基子は不思議そうにこちらを見つめると、小首を傾げながら問うた。
「大変なことって?」
「それは——」
そもそも吸血鬼である薫が原因だ。
かと言って、それを伝えたところで基子が理解できるはずもない。
恭平自身もなぜこんなことになっているのか全くわかっていない。
——なにかいい言い訳は……言い訳?
はっとして基子を見つめる。
——言い訳もなにも、答えが目の前にいるじゃないか。




