第二章 其ノ弐拾漆
村に近づくにつれ、サイレンは更に大きく耳に響いてきた。
降っていた雨もいつの間にかやみ、ペトリコールとともにうっすらと靄がかかっている。
集落につき、恭平はキョロキョロと辺りを見回した。
ところどころで焼け落ちた家屋から白い煙が上がり、焦げた匂いが鼻をついた。
ただ、不思議なことに、人の姿は見受けられない。
——一体何があったんだ?
今もサイレンは鳴り響いている。
もしかしたら薫が現れて、村の人たちを襲ったのだろうか。漁師の齋藤さんの時のように……
そうなると佐々木の安否が気にかかる。
宿はここから少し離れていた。
恭平は焦る気持ちを抑え、足早に佐々木の宿に向かった。
「叔父さん!」
恭平は玄関を勢いよく開けた。
しかし、奥から返事はなかった。
「くっそ!」
靴を玄関に脱ぎ捨て、急いで事務所に向かう。
「叔父さん、大丈……」
ドアを開け、部屋の中に声をかけた瞬間、恭平は言葉を失った。
棚にあった書類や本が床にぶちまけられていた。
引き出しという引き出しも全て開け放たれている。
——まさか、こんな時に強盗!
恭平は辺りをゆっくりと見回した。
佐々木のデスクの奥で、カーテンが優しく揺れていた。
どうやら窓が開いているようだ。
「金庫!」
机の下には売り上げが入っている金庫が置かれていた。
足元に気をつけながら急いで確認に向かう。
ぐるりと回り込み、机の下を覗き込む。
金庫は開いてなかった。
「よかった」と、ほっと胸を撫で下ろす。
——じゃあ、犯人の目的は?
お金ではないのなら、この宿に金目のものなどない。
ただ、佐々木が所有している資料で貴重なものは幾つかある。犯人がその価値を知っていたとして、それを奪いにきたのなら尚更ここまで荒らされる意味がわからない。
——探しているものは、そもそも目星がついていた……
では、一体何を?
開け放たれた窓から外を見る。
遠くでサイレンが鳴り響いているのが聞こえた。
恭平は窓枠に腰を下ろし、再び部屋の中を見回した。
すると——「みーつけた!」
唐突に腰の辺りから手が生えてきた。
ビクッと跳ねた体をガシッと勢いよく掴まれ、危うくバランスを崩しそうになる。
恐る恐る首を回すと……
「な、なんで、お前が——」
髪の長い女性が後ろから恭平の体を抱きしめている。
「恭ちゃん、みっけ!」
嬉しそうな表情を浮かべ、にこりと笑っている。
「だから——なんで」
桃色の唇の隙間から、うっすらと牙が見えた。
「なんでって何? 私じゃ不満?」
「そうじゃなくて——」
「じゃあ、何? お姉ちゃんが良かったの?」
さっきまで嬉しそうに笑っていたはずの顔が、頬を膨らませ不満そうな表情に変わる。
「そうだけど、そういう事じゃなくてだな。なんで、お前はその……っ!」
「お前じゃなくて、薫って言ってるでしょ!」
抱きつかれていた両手の圧が急に強くなった。
ミシミシと肋骨が悲鳴をあげ、一瞬呼吸が出来なくなる。
「わ、わかった。わかったから薫。落ち着いてくれ」
「ふむ。わかればよろしい」
力が弱まり、薫は再び笑顔を見せた。
しかし、その手を離そうとはしなかった。
「あの、薫。この手、離してもらっても——」
「それは嫌」
今度はぷいとそっぽをむいた。
——なんでこいつはこんなに子供みたいなんだ。
あまりにも無邪気すぎる。
それでいて、たまに大人の顔を魅せる。
——今はそんなことよりも。
「なあ、薫」
「なあに?」
聞いてはいけない気がした。しかし、聞かなければ前に進まない気もしていた。
ゴクリと喉を鳴らし、恭平は言葉を続けた。




