第二章 其ノ弐拾伍
——こんな時に薫が来たらヤバいな。
基子が無事に見つかったから良かったものの、薫と鉢合わせていたら恐らく大変なことになってたはずだ。
どうしたものかと考え込んでいると、すっと襖が開いて基子が出てきた。
「お、お待たせ。着方ってこれであってるのかな?」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、前髪をくしくしと触りながら基子は言った。
「あ、ああ……大丈夫だと、思う」
そんな基子の姿につい見惚れてしまい、恭平は一瞬言葉を失った。
そして、しばしの沈黙。
「そ、そうだ! ドライヤーってどこにあるかな? できれば髪の毛乾かしたいし」
気まずい空気を振り払うように基子は言った。
「ああ、そ、それなら確か、給湯室にあったはず」
同じように慌てて答える恭平。
「給湯室ね……って、なんで給湯室にドライヤー?」
「知らん。円香さんが——」
昨日のことが頭を過り、言葉に詰まり俯いた。
「円香さんがどうしたの?」
恭平の顔を下から覗き込む基子。
再び慌てて取り繕う。
「あ、いや、なんでもない。それより、給湯室はこっち」
何事もなかったかのように「給湯室」と書かれたプレートのある部屋に向かった。
——基子は、何も知らないんだ。
双子の妹の薫がこの島にいることも。そして、薫が円香を殺したということも。
給湯室の暖簾をくぐり、コンロの反対側にある上棚からドライヤーを取った。
「はい、これ」
後についてきた基子にそれを手渡す。
「ありがとう」
それを手に取り、にこりと彼女は微笑んだ。
その笑顔が可愛すぎて、恭平の心臓がドクンと跳ねた。
「えっと……コンセントはトイレにあるから、そこで乾かした方が良いかも」
「わかった。ちょっと行ってくるね」
「一人で大丈夫か?」
「えっ? ——もう! 馬鹿!」
バシッと胸を叩かれた。
そして、逃げるようにトイレに向かった基子。
しばらくして、「ブオー」と風を切る音が聞こえてくる。
恭平は壁によりかかり今の状況を整理することにした。
薫はどこに行ったのだろうか。
目的はなんなのか。
封印されていたようなことも言っていたが、一体どこに封印されていたのだろうか。
彼女が出てきた経路から予想すると、祭壇のある部屋しか思い当たらない。しかし、あの部屋に人を隠すような場所などない。
そもそも、封印とはなんなのか。
薫に実体はあった。となると「封印」と言うよりも「監禁」なのではないだろうか。
恭平は彼女を姿を思い返した。
長年監禁された人間がどのような状態なのかはわからないが、言動からそのような様子は見受けられなかった。
もしかしたら吸血鬼は人間と違うため、そんなことすら些細なものなのだろうか。
考えれば考えるほどわからなくなる。
いつの間にかドライヤーの音は止んでいた。
給湯室の入口に目を向ける。
暖簾から覗く廊下は薄暗く、やけに冷たそうに見えた。
まるで、同じ空間にありながらも、まったく違う世界がそこを境に広がっているようだ。
トイレのドアが開いた音がすると、パタパタと足音が聞こえ、基子が給湯室の暖簾を潜って顔を出した。
「難しい顔してどうしたの?」
不思議そうに基子に聞かれ、虚をつかれた恭平は慌てた。
「えっ?——あ、ああ。ちょ、ちょっと考え事」
「そっか。ところで、少し横になりたいんだけど——ここから宿までって歩くと結構あるよね?」
「宿?」
基子の質問に一瞬戸惑う。
「もう眠すぎて限界だから、できたら奥の部屋とかで仮眠とれたらと思ったんだけど——やっぱり怒られちゃうかな?」
「いや、大丈夫だと思う。今は誰もいないし」
「本当! じゃあ、ちょっとだけ横になっていい?」
恭平は「ああ」と小さく返事をすると、基子は嬉しそうに笑みを浮かべていた。しかし、疲労の色は隠せないようだ。目の下に薄らとクマができていた。
基子は小走りで奥の部屋に向かうと、襖を開けて中に入っていった。
すっと敷居レールを滑り、カタンと縁にぶつかる音が、静まり返った廊下に寂しく響いた。




