第二章 其ノ弐拾参
「大丈夫か?」
その様子を見て、恭平は心配そうに聞いた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
優しく微笑む基子。
恭平は畳から起き上がると、基子の目の前に立ち手を差し出した。
「立てるか?」
「うん」
基子はその手を取ってゆっくりと立ち上がる。
少し横になっただけでは体調も復活はしなかったのだろう。
ふらりとよろけた基子を恭平は抱き留めた。
「あ、ありがとう」
恥ずかしそうに顔を俯かせる基子。
「おんぶしていこうか?」
イタズラににやけながら言う。
「だ、大丈夫だって! ちょっと眠いだけで、ちゃんと歩けるから!」
「そっか。残念」
そう言って基子の背後に回ると、肩と足に手を回して持ち上げた。
「わっ! きょ、恭平! ちょっと!」
突然のことにびっくりして足をバタつかせる基子。
「暴れるなよ! 落としちまうだろ!」
「暴れるなって、降ろしてよ!」
「なんだ。お姫様抱っこじゃ不服か?」
「そうじゃないけど、は、恥ずかしい……」
「恥ずかしいって、別に誰も見てないだろ?」
「そう言うことじゃないの!」
恭平はキッと睨まれた。
渋々基子を地面に降ろし、「ほら」とそのまま背を向けた。
「だから大丈夫だって」
「ふらふらしてるのに、そのまま倒れられる方が心配なんだよ」
「だって私、重たいし……」
「いいから、早く」
「うっ……わ、わかったよ」
背中に荷重がかかると、恭平は基子の足を取ってゆっくりと持ち上げた。
「ほら、やっぱり重いでしょ! だから、大丈——」
「本当に、無事で良かった」
「えっ?」
薫の話だと、基子はどこかに行ってしまったような口調だった。
しかし、背中越しに伝わる温もりが、改めて彼女が何事もなく戻ってきたことを感じさせた。
転ばないように足元を注意しながらゆっくりと出口に向かう。
「心配かけて、ごめんなさい……」
肩に置かれていた手が、首元をするりと抜けて、そのままぎゅっと強く抱きしめられた。
恭平は何も言わずに歩を進める。
廊下を抜け、階段を登り、扉の手前で基子を降ろした。
「雨降ってるから、これ差して」
来る時に使った傘を基子に手渡す。
「あ、ありがとう」
恭平は扉を開けると、基子を外に促した。
空は相変わらず不機嫌で、来た時と変わらず小雨が降っていた。
「集会所まで行けそう?」
「うん、大丈夫」
基子はバサッと傘を差して扉から一歩外に出る。
パラパラと舞い落ちる小さな雨粒達が、半透明なビニールに当たっては跳ね、ぱたぱたと不思議な音を奏でていた。
傘から覗く長い黒髪が、ゆらゆらと風に揺られている。
恭平は靴紐を結び直すフリをして、その場にしゃがみ込んだ。
すると、基子は後ろを振り返り、不思議な顔をして言った。
「どうしたの?」
「ああ、うん。なんでもない。基子は先に行ってて」
「えっ? でも、恭平が濡れちゃうよ?」
「大丈夫だって。走ればすぐ着くし。そ、それよりも、風邪引いちゃうから早く行けって」
「う、うん。わかった」
不思議そうに首を傾げ、パシャパシャと音を立てながら集会所の方に消えて行く基子。
それを静かに見送る。
背中を通して感じた彼女の生々しい感触が、恭平の中に熱を残していた。
大きく深呼吸をして心と体を鎮める。
「よし」と呟き立ち上がると、恭平も集会所の玄関に向けて走り出した。




