第二章 其ノ弐拾
「彼女は自分のことを基子の双子の妹の薫だと名乗ったんだ。そして、自分は『吸血鬼』だと」
「吸血鬼?」
更に怪訝な表情を浮かべ佐々木はこちらを見ている。
「最初は何言ってんだこいつとも思ったけど、事実だった——これがその証拠さ」
恭平はTシャツの襟を下ろし首筋を開け、佐々木の方に突き出した。
「——な、なんなんだ、この傷は?」
首から肩にかけて、丸山のように隆起した四つの穴がくっきりと残っている。
不安にかられている佐々木をよそに、襟元を戻しながら恭平は言った。
「薫に吸血された後だよ。それと、この後すぐに貧血で倒れちゃったけどね」
「貧血って、大丈夫なのか?」
佐々木は慌てて恭平の肩を鷲掴んだ。
「今はもう平気だよ」
恭平は焦る様子の佐々木を宥めるように優しく言う。
「そうか、なら良かった」
ほっと息を吐き安心した様子の佐々木。
『吸血鬼』という普段は使わない言葉に、円香だけではなく実の甥まで危険に晒されたとあっては、気がきじゃなかったのだろう。
「しかし、吸血鬼ってことは血を吸われた恭平も吸血鬼になったのか?」
「えっと、わからないけど——そもそもそういうものなの?」
佐々木は顎に手を当てて考えている。
「自分もオカルト的なものは疎いからわからないけど、吸血鬼といったら血を吸って眷属を増やしてとかが定番じゃないのかなと思ってさ」
狙って眷属を増やせるなんて、そんな種族がいたら最強だろう。
「別に血を吸いたいとかはないから、多分違うと思うけど……」
吸血したいという気持ちがどういうものか知らないが、少なくとも今は何も感じない。
「そうか。とりあえず、しばらくは様子見だな」
佐々木はそう言ってはぁと溜息をついた。
「急に不思議なことが次から次に起こって、どうしたらいいのか頭が追いつかんな」
「昨日まで普通の生活してたのにね」
恭平はデスクに寄りかかり言った。
「今後の動向なんだけど、俺が薫を説得してくるよ」
「それは危ないだろ! 万が一、恭平が円香のようなことになったら……」
心配する佐々木をよそに、どこか諦めに似た微笑を浮かべ恭平は言う。
「大丈夫だよ。彼女は俺を殺さないから」
「根拠はわからないが、一人で行くのは危なすぎる!」
恭平に詰め寄る佐々木。
「大丈夫だって。彼女の、薫の目的は、俺と一緒になることだってさ」
「一緒になるってどういうことだ?」
怪訝な表情を浮かべ佐々木は問うた。
そして、言葉を詰まらせながら恭平は言う。
「——結婚しようって言われたんだ」
「結婚? なんでそんな突拍子もない話になるんだ?」
プロポーズされた恭平本人ですらよくわかっていない。
薫とは会って間もないはずなのに、彼女は恭平の事をよく知っているようだった。
「わからないけど、そういうことなんだ」
薫の目的が恭平と結婚することであれば、恭平が我慢することで他への被害もなくなるかもしれない。
基子と同じ容姿の彼女のことは、見た目だけでいえば好きだ。しかし、中身がぶっ飛びすぎている。
だからといって、黄色い本に書いてあるように捕まえて首を刎ねることはできるはずもない。
それに、基子の安否も気になる。
彼女は今、どこにいるのだろうか。
「まさか……」
恭平の脳裏に嫌な予感が浮かんだ。




