第二章 其ノ拾
恭平が目を覚ますと、知らない家のベッドの上で寝かされていた。
むくりと起き上がり辺りを見回すも、誰もいない。
窓から見える外の景色は相変わらず鼠色で、小雨が再び降りだしていた。
首筋にそっと手を当ててみる。
コリコリとした小さな血の塊が四つ。
余る強く擦ると簡単に取れてしまいそうだった。
——夢じゃなかったか。
頭を抱え、のそりとベッドから出る。
いつの間に着替えたのか、よくわからない柄のTシャツと某有名スポーツメーカーの短パンを履いていた。
そもそも、なぜここで寝ているのかも記憶にない。
覚えているのは、雨の中で基子の双子の妹を名乗る「源薫」と会ったということ。
そして彼女は自分のことを「吸血鬼」と言ったこと。
顎に手を当て考えていると、下半身がやけにスースーすることに気がついた。
Tシャツをたくし上げ、短パンの中を覗き見る。
——そりゃ、涼しいわけだよ。
下着を履いていなかった。
部屋の扉を開けて廊下に出ると、二階だったのか、すぐ左手に階段があった。
なるべく音を立てないようにゆっくりと下に降りる。
一階に着くと真っ直ぐと廊下が延びていて、右手には大きな窓があり庭が一望できた。うっすらとだが外は明るく なっている。左手は襖になっっていて、綺麗に閉められていた。
恭平は廊下にしゃがみ込み、襖を静かに開けた。
「っ!」
咄嗟に後ろに飛び退くと、ガタンと窓にぶつかった。
襖の先はダイニングルームになっていて、真ん中にテーブルが一つと椅子が四つ。
そのうち三つは既に誰かが座っていた。恐らく、ここの住人だろう。
一人は青白い顔から生気は感じられず、ぐにゃりと項垂れている。右腕が無くなっていた。
一人は腹を切られたのだろうか。服は赤黒く染まり、中に詰まっていた臓物が鈍い色を放ち、体の外に逃げ出している。
一人は頭頂部が変な形に凹んでいた。そこから漏れ出た自身の血で顔は赤く染まっている。
三人とも座ったまま殺されたはずはないだろう。だとすると、どこかで殺されてここに運ばれたということだ。
——一体なんのために......
胃の中のもの込み上げてくる。
恭平は窓を開けると、そのまま胃の中のものをぶちまけた。
止まらない嘔吐が苦しくて、目に涙を溜めたまま地面を見つめる。
降り続けている雨が、地面を容赦なく濡らし、吐瀉物も一緒に滲み流れていく。
拳を握りしめ、口元を拭い、潤んだ瞳で再び部屋の中を見た。
物言わぬ三体の屍は、ただ静かに佇んでいる。
そして、再び吐き気に襲われた。
胃の中は既に空っぽで、胃液しか出てこない。
ぽたぽたと垂れる酸っぱい液体を吐き出していると、廊下の奥でガタンと物音がした。
恭平は無理やりに胃を落ち着かせ、音のした方を覗き込むように見た。
ギシギシと床板を鳴らし何かが近づいてくる。
息を飲む恭平。
廊下の先から現れたのは、チェックのシャツに細身のデニムパンツを履いた基子だった。
基子はこちらの存在を確認すると、にこりと微笑み早足で近づいてくる。
昨日のことが頭をよぎり、顔を引き攣らせ後退る。
そんなことは気にも止めていないのか、基子は恭平の横に来てしゃがみこむと、顔を覗き込んで心配そうに言った。
「恭ちゃん、大丈夫?」
「なっ……」
驚く恭平のことを無視して、額に手を当てられた。
そこにいたのは基子ではなく、源薫だった。
薫は自分の額にも手を当てて、熱がないか確認している。
「うん、大丈夫そうだね」
にこりと笑う様は、基子そのものだ。
「だ、大丈夫って、なんなんだよ」
「えっ? だって、あんな雨の中ずっと外にいたら風邪ひいちゃうでしょ?」
不思議そうな顔をして恭平を見る薫。
「風邪とかじゃなくてだな、一体お前はなんなんだよ!」
つい声が大きくなる。
恭平は床を滑るようにして薫から距離をとった。
「急に大きな声出さないでよ! えっと、私? それは昨日も話たけど、お姉ちゃんの双子の妹だよ」
「そう言うことじゃなくて——」
頭をガシガシと掻く。
薫は顎に指を当ててしばらく考え込んだ。
「んーと、恭ちゃんが知りたいのは、私の目的かな?」
不敵な笑みを浮かべ、薫はジリジリと近づいてくる。
「あぁ……」
恭平は後退りながら唸る。




