第二章 其ノ玖
雨に打たれすぎたせいなのか、それとも恐怖心からなのか、腕が小刻みに震えている。
恭平は一息を呑むと、その手を基子の肩にかけ、ぐっと前に押し出した。
いきなりのことで基子は驚いたのか、キョトンとしていた。
濡れた艶やかな長い髪。
その中心に収まるに整った小さな顔。
白かったはずのTシャツは大部分が黒く染まっていて、ぴたりと肌に張り付き、彼女のスタイルの良さを際立たせている。
「——お前は一体誰なんだ?」
基子の目を真っ直ぐに見つめ、恭平は言った。
その言葉に虚をつかれたのか、基子は一瞬目を丸くしていた。
そしてすぐに不敵に笑った。
「何言ってるの恭ちゃん。私は私だよ。他の誰でもない」
肩に置いた手から逃れるように、基子はそのまま恭平に抱きついた。
そして、首筋に鋭い痛みが走る。
「っ痛!」
ジュルジュルと何かが吸い上げられるような音がする。
基子を引き剥がそうと手に力を入れるが、ぴくりとも動かない。
——な、なんて力だ。
しばらくすると、基子は首筋から顔を上げ、ペロリとそこを舐めた。
「ひっ!」
背中にゾワッと悪寒が走り、身震いする。
「ご馳走様」
再び耳元で囁かれ、思わず顔を横に背ける。
基子は恭平から離れると、悪戯に笑った。
首筋を触ると、何か尖ったもので刺されたような腫れた感触があり、手のひらを見ると、血が滲んでいた。
「ほ、本当にお前は何者なんだ?」
恐怖とともに訝しげな表情な浮かべ、基子を見る。
「だから、私は私だって。この島で生まれ、この島で育った源——もとい、猿渡基子の双子の妹。源薫」
突然の彼女の告白に頭が追いついていなかった。
——基子に妹?
目の前にいるのはどこからどう見ても基子だった。
しかし、彼女の口から出た言葉。
「双子の妹」
小さい頃から基子とは一緒にいたが、妹がいるということは聞いたこともなかったし、もちろんあったこともない。
そもそも基子の身体を支配して出てきた存在の「オボシナ様」が、基子の妹なのか。
しかし……
基子の身体のはずなのに、どこか違和感があった。
本当であれば、基子は今どこにいるのか。
言葉を失い、唖然としていた恭平に薫は言った。
「あっそうだ、恭ちゃん。どこかで休んでた方がいいよ。雨で身体冷えてるし、私が血を吸っちゃったからそのままだと貧血で倒れちゃうかも」
——倒れる?
恭平は訝しげな表情を浮かべ薫を見た。
再び首筋に手を当てる。
髪から滴り落ちる水滴が傷口に染み込み、肩がピクリと跳ねた。
「ちょっと待て。今、血を吸ったって言ったよな? どういうことだ?」
「うん? えっと、そのまんまの意味だね」
悪戯に笑う薫。
「そのまんまって……」
全ての情報が不可解すぎて、恭平は混乱していた。
「うん、そのまんま。だって私、吸血鬼だもん」
「えっ?」
ドクンと心臓が跳ねるように鳴った。
そして、驚きすぎたからなのか、それともまた別の理由があったのか、体が硬直したように動かなくなる。
薫は再び恭平に抱きつくと、今度はゆっくりと口づけをした。
絡まる舌が気持ちよい。
すると、次第に頭の奥が霞がかかったようにぼやっとしはじめ、だんだんと意識が遠のいていった。




