第二章 其ノ漆
村の入口付近に着くと、降り続いていた雨は止み、雲の隙間からうっすらと月が見えた。
ノイズのように鳴っていた雨音は、いつの間にか虫たちの合唱に変わっている。
腕時計を見る。時刻は夜の十二時過ぎ。人影はない。
ぽつんぽつんとどこか頼りなさげに灯る外灯の明かりは夜の闇に滲んでいる。
恭平は注意深く辺りを見回した。
すると、遠くの方で何かが割れる小さな音が聞こえた。
足早に音のした方に向かう。
どうやら家の中で誰かが暴れているようだ。
近くまで行くと、その音はどんどんと激しさを増していった。
ガシャンとガラスが割れる音や、ドンと何かがぶつかるような音。
人の叫び声も聞こえる。
これだけ大きな音が外に漏れていたら近隣の家も異変に気がついてもいいものなのだが、各々の家の間隔が離れているためか、誰かが外に出て様子を見にくる気配はなかった。
ゆっくりと音を立てないように玄関に向かう。
玄関の扉は大きく開け放たれていて、そこから音が外に向かって漏れ聞こえていた。
恭平は扉に背に、覗き込むように中の様子を伺った。
灯りはついていない。
ドクンドクンと心臓が早鐘のように鳴り響いている。
上がり框の先に真っ直ぐと廊下が延びていた。
廊下の両脇には襖があり、今は綺麗に閉じられている。
奥に暖簾のようなものが見えた。
いつの間にか、叫び声は聞こえなくなっていた。その変わり、ゴン、ゴンと何かがぶつかる音が聞こえる。
そして、パキ、パキとガラスが踏みつけられる音がしたかと思うと、バタンと右側の襖がおもむろに開いた。
恭平は咄嗟のことに頭を引っ込めた。
ぎし、ぎしと床板を鳴らしながら何かがこちらに近づいてくる。
息をひそめ体を強ばらせる。
万が一に基子だとしても、ここで飛び出して一体何ができるだろうか。
円香が倒れる瞬間が脳裏に蘇る。
ぶるりと肩が震えた。
どのみちこのままでは見つかってしまう。
どうにかして一度身を隠せないかと逡巡していた矢先に、家の中でガタンと何かが倒れる音がした。
こちらに向かっていた足音はぴたりとやみ、再び遠ざかっていく。
ほっと胸を撫で下ろすと、静かに玄関先から離れ、基子が出てくる様子が確認できるように道向いの藪の中に身を隠した。
葉先に残った雨粒たちが、ぱらぱらと森を鳴らしている。




